封印の揺らぎ—魔王胎動
瘴気の柱が爆ぜた。
空間そのものが軋むような音とともに、封印地の大地が裂け、黒い裂け目が広がっていく。
「……っ」
アマネが思わず息を呑む。刀を握る手が汗ばんだ。
裂け目から現れたのは、まだ人の姿に近い影。だが輪郭は歪み、幾重もの瘴気がまとわりついている。
声はなかった。ただ、低い唸り声と大気を押し潰すような「圧」だけが辺りを満たした。
「これが……魔王……?」リュシアが呟き、杖を構える。その声は震えていた。
六人は一斉に迎撃の態勢を取る。しかし影が動いただけで、全身に針を突き立てられたような苦痛が走る。
「近づけねぇ……!」ジークが歯を食いしばる。剣を振るっても、瘴気の奔流に打ち消される。
アルトの突撃も、ミナの仕掛けも、ただ霧散するだけだった。
◇
その時、地鳴りが走った。
封印地の左右から三つの影が歩み出る。
「我らが主、ついに胎動せり」
低い声が響き、六人の目に異形が映った。
•大地を揺らす巨体、岩獣の鎧を纏った バロル・グラウス。
•炎を纏い、狂気に笑う ザガン・ルシフェル。
•凍てつく冷気を撒き散らす モラクス・ディアス。
「四天王……!」カイルが息を呑んだ。
バロルが拳を振り下ろすと、大地が抉れて六人の足元が割れる。
ザガンが炎を撒き散らし、戦場全体を炎の檻で覆った。
モラクスが冷気を吐き出し、凍りついた地面が六人の退路を断った。
「貴様らの足掻き、もはや意味をなさぬ」モラクスの冷酷な声が響く。
「まだ時は満ちておらぬ」バロルが唸る。「主は完全ではない。今は眠りの地へ戻るのみ」
「だが――次に相まみえる時、世界は灰と氷に沈むだろう」ザガンが狂気に笑った。
◇
魔王の影が、四天王に守られるようにして瘴気の裂け目を進み出る。
黒い影がルナリア城の方向を向いた瞬間、六人の全身が硬直する。
言葉すら持たぬ存在の視線が、魂を削るようだった。
「待てっ!」アマネが刀を振りかざし、光を奔らせる。
だが炎と氷の壁が同時に迫り、刀身は遮られる。
「くそっ……!」ジークが剣を叩きつける。
「まだ、力が足りない……!」アルトが歯を食いしばった。
結界のように広がる炎と氷、そして岩の壁が六人を押し返す。
光は届かず、ただ瘴気の波動だけが残された。
◇
魔王の影と四天王は、やがて黒雲の中へと消えた。
残されたのは、荒れ果てた封印地と、崩れ落ちる大地の呻きだけだった。
「……行ってしまった」リュシアが小さく息を吐いた。
アマネは刀を握り直し、仲間たちを見渡す。
全員が傷つき、疲弊していた。だがその瞳だけは、揺らがなかった。
「必ず……終わらせる」
少女の声が、崩壊しかけた大地に響く。
六人は互いの影を確かめ合いながら、静かに立ち上がった。
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