幕間:矜持の名のもとに
昼下がりの学園中庭。
石畳に落ちる木陰の下で、ユリウス・フォン・グランディールは一人本を閉じた。
「……また噂か」
耳に入ってきたのは、通りすがりの生徒たちの囁きだった。
「あの人、宰相派の御曹司でしょ?」
「ライナー……じゃなくて、ラインハルト様とよく一緒にいるわ」
ユリウスの眉がぴくりと動く。
宰相派――。
軽々しく口にされるその言葉が、彼には癪だった。
「俺は……グランディール家の子として務めを果たしているだけだ」
吐き捨てるように呟いたそのとき。
「その“務め”とやらに、あなた自身の声はあるのかしら?」
涼やかな声が背後から降ってきた。
振り返れば、クラリス・フォン・エルヴァインが立っていた。
プラチナブロンドを編み込んだ髪が、風にさらりと揺れる。
「……クラリス先輩」
彼女は一歩近づき、彼の隣のベンチに腰掛ける。
まるで当然のように。
「あなたは聡明で、礼儀も立派。でもね、ユリウス。人は家の名でしか語れないのかしら?」
ユリウスは視線を逸らした。
家。務め。父の意向。
それが全てだと、そう教えられてきた。
「……俺は、グランディール家の子息です。家の名を汚すわけにはいかない」
その返答を、クラリスは予想していたのだろう。
小さくため息をつき、しかし柔らかく微笑んだ。
「ええ、その矜持は尊いわ。でもね――家の名を守ることと、誰かを見下すことは、同じではないのよ」
ユリウスは息を呑む。
責める口調ではなかった。
ただ、静かに水面に石を落とすような響き。
「……っ」
胸の奥に、小さなざわめきが広がる。
クラリスは立ち上がり、裾を整えて振り返った。
「いつかきっと、あなた自身の矜持を聞かせてちょうだい。そのとき、私は喜んで隣に立つわ」
そう告げて歩き去る姿に、ユリウスはしばらく言葉を失った。
残されたのは、噂でも家でもなく――
自分に突きつけられた問い。
「……俺自身の、矜持……」
小さな呟きは、まだ答えを持たない。
けれど、その問いが彼を縛る鎖を、ほんの少し緩めていた。
幕間短編でした。こういう小話も時々挟みます。不定期・毎日目標です。




