人の皮を被った怪物
封印地の風は重く、空気は鉛のように沈んでいた。瘴気の柱を背に、宰相と教皇が両腕を広げ、二人分の狂気が場を覆う。
「勇者、聖女……そしてその仲間たちよ。ここまで来たことは称えよう」
宰相の声は妙に澄み、しかし耳の奥にざらつきを残す。
「だが、貴様らの正義も祈りも、全ては無意味だ。時代は変わる。我らが新しき秩序を築くのだ!」教皇が咆哮する。瞳は狂信の光に揺れ、人間らしさを欠いていた。
アマネは前へ出て刀を構えた。肩越しに仲間を振り返る。「……救えるなら救いたい。でも、もう迷いは許されない」
リュシアが頷き、杖に光を灯す。「命を弄ぶのではなく、守るためにこそ……力はあるべきです!」
◇
戦端は唐突に開かれた。宰相が手を振ると、空気が裂け、黒刃が無数に降り注ぐ。教皇は祈りの逆型を紡ぎ、炎の奔流を闇に染めて放った。
「散開!」アルトの声が響き、六人は即座に動いた。
ジークは剣を大きく振り抜き、黒刃を弾き飛ばす。ミナは爆煙弾を投げ込み、教皇の炎を拡散させて威力を削ぐ。カイルの祈りは仲間の身を光で覆い、リュシアの結界と重なり合って防壁を築いた。
「……はぁっ!」アマネの一閃が、宰相の放つ瘴気を切り裂く。星の粒子が舞い、闇の中に一筋の道が開かれた。
「甘い!」宰相が踏み込み、瘴気を纏った腕でアマネを弾く。咄嗟にアルトが割り込み、刃を交錯させて押し返した。
「お前たち……本当にまだ人間なのか?」アルトの叫びに、宰相はかすかに笑う。
「人を超えたのだ。我らは……不滅へと至る」
◇
戦いは拮抗しつつも、六人に疲労が蓄積していく。宰相と教皇は互いに補い合うように攻撃を繰り出し、その力は増幅していた。
「……まだ、戻せるはずだ」カイルが祈りを強める。淡い光が宰相の胸に届き、一瞬だけ苦悶の影が浮かんだ。
「やめろ……その光を向けるな!」宰相が叫び、胸を押さえる。しかし、すぐに黒い瘴気が覆い隠す。
リュシアが息を呑む。「まだ、人の心が……」
「迷うな、リュシア!」ジークが怒鳴る。「そんなんじゃ、斬られるぞ!」
その言葉をかき消すように、教皇が叫んだ。「人の弱さこそ捨て去るべきだ! 我らは神に代わり、新世界を築く!」
炎と瘴気が重なり、巨大な奔流となって六人を襲った。結界が軋み、光が弾ける。
「くっ……!」アマネが踏ん張り、刀を地に突き立てて結界を張る。だが押し切られるのは時間の問題だった。
アルトが低く唸る。「……本当に、もう人には戻れないのか……?」
戦場に重苦しい沈黙が落ちた。希望と絶望の狭間で、六人はなおも立ち続ける。宰相と教皇の瞳は、確かに人の形をしていながら、人を超えた欲望に塗りつぶされていた。
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