戦いの余韻—残る影、残す誓い
光が引き、谷に静けさが戻ると、遅れて痛みが押し寄せた。膝をつく音、武器が土に落ちる音、荒い呼吸。灰になった魔物の残滓が風に舞い、夜明け前の冷たさが汗ばんだ肌を撫でていく。
リュシアはふらつきながらも倒れた亜人へ駆け寄り、《星映杖》で温かな光を落とした。「大丈夫……戻ってきて。ここに、帰ってきて……」
男の瞳にゆっくりと焦点が戻る。「……俺は……助かったのか?」
「ええ」カイルが優しく頷く。掌に残る護符の熱が、まだじんじんと疼いていた。「完全ではないけど、糸は切れた。あなたの心が、戻る道を選んだ」
ジークは手の震えを無理やり止めるように刀身を拭った。「……今の光、俺の剣にも、ちょっとだけ響いた気がした。糸に……触れた、みたいな」
アルトが短く息を吐く。「俺もだ。斬り筋を合わせた瞬間、抵抗が消えた。勇者の斬撃に“乗る”ことができれば、俺たちでも届く」
ミナは膝をつき、装置の破片を拾い集める。「共鳴の閾値を下げられれば、もっと長く維持できるはず……。機構を軽くして、反動を逃がす経路を追加したい」
アマネは皆の顔を順に見た。胸はまだ早鐘を打っている。だが、その鼓動は恐怖ではなく、高鳴る決意だった。「さっきの光は、奇跡なんかじゃない。私たちが重なった結果だよ」
リュシアが小さく微笑む。「……未完成だけど、確かに“夜明け”だった」
◇
谷の奥――割れ目の向こうから、残滓のような声が流れてきた。風か、幻聴か、それとも。
『夜明けに浮かれるか。可憐だな、人間たち。だが、黎明はいつだって最も寒い』
ネビロスの声。
『覚えておけ。封印の揺らぎは止まらぬ。影は四つ――一つ欠けても、なお三つ。次に会う時までに、せいぜい灯を磨いておけ』
声は霧散し、谷には乾いた風だけが残った。
「……まだ、三体」アルトが空を仰ぐ。「そして封印は揺れている」
カイルが静かに手を組む。「今のままじゃ足りない。けれど道は見えた。祈りは広げられる。術式に落とし込める」
ジークが拳を握る。「俺も、もう一回“あの刃”に乗れるように鍛える。次は外さねぇ」
ミナは装置を胸に抱え、力強く頷いた。「共鳴を補助する道具、絶対に形にするよ。私にもできることがある」
アマネは 《星映刀》を鞘に納め、まっすぐに言った。「勇者と聖女だけで戦う時代は、終わらせる。全員で、行こう」
リュシアがその言葉にうなずき、柔らかく手を差し出す。仲間が一人ずつその手に重ね、六つの影が焚き火のない谷に寄り添うように落ちた。
東の雲が淡くほどけ、夜の底に白が差し始める。
「次へ進む」アマネが短く告げる。「封印地まで――迷わずに」
彼らは立ち上がった。疲労は深い。だが、背中を押すものはもっと強い。
黎明は、まだ片鱗。それでも確かに、日は昇る。
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