瘴気の渦—迫る影
ルナリアの山道は、すでに魔物の巣窟と化していた。
倒しても倒しても湧き出す獣影に、前衛のジークとアルトは汗をにじませながら剣を振るう。
「はぁっ!」
ジークの一撃で巨躯の猪型魔物が地に沈む。だが、その傷口からなお黒い瘴気が噴き出し、地を汚すように広がっていった。
「……くそ、数が減らねぇ」
アルトが息を荒げ、剣を振り払う。その刃先にまとわりつく瘴気が、まるで抵抗するように震えていた。
「妙だな。普通の魔物じゃねぇ……」
ジークの低い声に、アマネが前へと歩み出る。刀を逆手に持ち直し、月明かりに淡く星の粒子をきらめかせた。
その瞬間、風向きが変わった。
「……っ!」
リュシアが息を呑む。杖を握る手に力がこもった。
「瘴気が……渦を巻いてる。あれは、ただの魔物じゃない」
森の奥から、ゆらりと影が現れる。
男とも獣ともつかぬ異形。黒衣に包まれた長身のシルエットは、ただ立っているだけで周囲の瘴気を吸い上げ、圧に変えていた。
「……ようやく、顔を出したか」
アマネが目を細める。自然と全員が彼の背へと集まっていた。
影の口元がわずかに歪む。冷たい声が、夜気を裂くように響いた。
「ふむ……勇者と聖女。そして、その仲間か。道理で瘴気の流れが乱れるわけだ」
言葉は穏やか。だが、潜む威圧は刃のように鋭い。
「誰だ……?」アルトが剣を構え直す。声は震えてはいないが、背筋に冷汗が伝う。
ジークも隣で低く唸った。「魔物の群れとは、格が違う……」
「……っ、仲間を守る」リュシアが杖を掲げ、淡い光陣を展開する。
アマネは刀を正眼に構え、静かに答えた。
「名は知らない。だが――ここを通す気はない」
瘴気が大地を覆い、影が一歩踏み出す。夜がさらに濃く沈み、戦いの幕が上がった。
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