囁く影—封印地にて
瘴気は地を這い、黒煙のように大空洞を覆っていた。
かつて勇者と聖女が命を賭して封じた場所――その中心で、宰相と教皇が立ち尽くす。
「……ここが、魔王が眠る地か」
宰相の声には昂ぶりが滲む。長年待ち望んだ瞬間が、ついに眼前にあった。
教皇は震える指で数珠を撫で、恍惚と呟く。
「光すら届かぬ深淵……ここに神は姿を変え、眠っておられるのだ」
闇の奥から、しめやかな笑いが響いた。
「……愚かで、愛しき者どもよ」
瘴気が渦を巻き、人影が現れる。
細身の体躯に黒衣をまとい、仮面の奥から紅の瞳が覗く。
四天王のひとり―― ネビロス・ヴェイル。
「よくぞここまで辿り着いた。数十年もの忍耐……その執念、我が主も感嘆されよう」
声は柔らかく、老獪な余韻を帯びていた。
宰相は一歩進み出て、深く頭を垂れる。
「我らは望む。永遠の命を……。そして、この世の全てを支配する権能を」
教皇も同じく跪き、狂信の光を宿した瞳で叫んだ。
「我らこそが選ばれし器! 主の復活を、この身をもって支えよう!」
ネビロスは微笑を深める。
「その通りだ。お前たちは選ばれた……凡百の人間では辿り着けぬ境地に立っている」
瘴気の風が二人の衣を揺らし、仄暗い光が肌を撫でる。
「お前たちが求める永遠は、目前にある。
この世の理を超え、時すら従える者となろう。
我が主の目覚めと共に――」
宰相の胸が熱に焼かれるように高鳴る。
「我が名は歴史に刻まれる……王をも超える存在として!」
教皇は腕を広げ、虚空へ祈りを捧げる。
「神よ! いや……新たなる神たる主よ! 我を受け入れたまえ!」
ネビロスの紅い瞳が、仄暗く光った。
「ふふ……そうだ。お前たちの名は決して消えぬ。
永遠に、この世界と共に残るだろう」
……だが瞳の奥に、冷酷な光が一瞬だけ走った。
二人は気づかない。
老獪な策士の糸に絡め取られたまま、酔いしれるように封印地の闇に跪いていた。
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