分かたれる道—王妃と守り人
幽閉の檻を破り、大司教アドリアン・ド・モンフォールを倒し、なお疲弊した身体で立ち上がるフローラ。その姿は気丈であったが、肩を震わせるたびに混血の負担が浮かび上がっていた。
「……まだ、やれるわ、世界樹へ行かないと……」
そう口にしたフローラの声は強かった。だが、その琥珀の瞳の奥に、熱と痛みがにじんでいることをエリスティアは見逃さなかった。
クラリスがすかさず膝を折り、優雅に手を差し伸べる。
「王妃様――どうか、ご自分をお大切に。旗印が倒れてしまえば、誰が民を導けます?」
ユリウスも表情を引き締め、きっぱりと言葉を継ぐ。
「今は耐える時です。フローラ様が王家の血筋としてそこに在るだけで、民は希望を失いません。前線は、我々にお任せを」
◇
リディアが一歩前に進み、鋭い眼差しでフローラを見据えた。
「正義を貫くには、立ち位置を間違えてはならない。今の貴女は戦士ではなく、王妃なのです」
その言葉は厳しかったが、そこには深い敬意があった。
フィオナが柔らかく笑みを添える。
「フローラ様……民は、貴女の傍らで微笑む姿を待っているのです。戦場ではなく、陽の下で」
フローラは唇を噛みしめた。だが、次の瞬間、ふっと表情を和らげる。
「……そうね。私ひとりで背負おうとしたのが、間違いだったのかもしれない」
◇
エリスティアが一歩進み出る。背筋を伸ばし、静かに頭を垂れる。
「フローラ様。世界樹の守り人のもとへは、私が参ります。血を分けた一族として、精霊の加護を受けるのは私の役目です」
「だが――」
フローラが制止しかけたが、その手をエリスティアが取った。
「どうか、養生を。ここで倒れてしまえば、誰も救えません。私たちが必ず戻ります。その時には、貴女が女王として立っていてください」
その眼差しに、フローラは息を呑んだ。彼女の中に、かつて自らが信じて民を導いた頃の光が確かに宿っていた。
「……頼むわ、エリスティア」
囁くような声には、信頼と託す覚悟が滲んでいた。
◇
クラリスはその場をまとめるように立ち上がり、涼やかに微笑む。
「では、私たちはフローラ様をお守りしつつ、ソレイユの仲間とも合流しましょう」
ユリウスが真面目に頷く。
「宰相派の残党が何を仕掛けるか分かりません。後方も決して安泰ではない。ここは我らが支えます」
ランドルフは拳を鳴らし、力強く言い放つ。
「安心しろ。俺の命に代えても、王妃様は守ってみせる」
◇
エリスティアは仲間たち――レナ、ユウマ、そして数名の亜人戦士に視線を巡らせる。
「行きましょう。世界樹へ」
その声に、一同の胸が高鳴った。
フローラの瞳は揺れながらも、確かな光を取り戻していた。
「必ず……帰ってきて」
エリスティアは力強く頷き、森へと歩を進めた。
王妃と守り人――それぞれの道が、いま分かたれた。
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