大司教の牙—瘴気の峡谷
峡谷は黒い靄に覆われ、月の光さえ届かない。
谷底からは呻き声のような風が吹き上がり、腐臭が鼻を突いた。
「……酷いな」
ランドルフが眉をひそめ、大剣を肩に担ぐ。
「まるで、生き物そのものが腐ってるみたいだ」
ユリウスが冷静に分析する。
「瘴気を増幅する祭具を設置しているはずだ。それを壊さねば、いくらでも魔物が湧き出る」
「つまり、私たちはそこを叩けばいいのね」
クラリスの碧眼が鋭く光る。
◇
その時、谷底から重い足音が響いた。
黒衣を纏った大司教アドリアン・ド・モンフォールが、瘴気をまとった群れを従えて姿を現す。
「ほう……王妃とその従者どもか」
声は冷ややかで、地を這うように響く。
「だが遅かった。この地はすでに“魔王の庭”と化した」
「大司教……!」
フローラが低く唸り、竜の血が背に浮かぶ。
「その言葉、吐いたことを後悔させてあげる」
エリスティアが弓を構え、精霊の光を矢に宿す。
◇
「来い。哀れな抵抗者どもよ!」
大司教が瘴気の杖を振り下ろした瞬間、谷が震えた。
異形の魔物たちが群れを成し、地を揺らしながら突進してくる。
「全員構えろ!」
クラリスの指揮が飛ぶ。
ランドルフが咆哮を上げ、前線で獣人戦士たちと共に受け止める。
ユウマとレナが後衛を守り、癒しと火力で仲間を支える。
「精霊矢!」
エリスティアの矢が魔物の瘴気を祓い、仲間の刃がそこを突き破る。
「フローラ様!」
リディアが叫ぶと同時に、フローラの咆哮が谷を震わせた。
炎が魔物を焼き払い、その隙をクラリスが切り裂く。
◇
だが、大司教は嗤っていた。
「ふはは……救うだと? 愚か者め!」
彼の杖から黒い糸が伸び、倒れかけた兵士の体を絡め取る。
その目が濁り、依代化の兆候が浮かぶ。
「……!」
エリスティアの胸が締め付けられる。
「やめて! 彼らは、まだ――!」
矢を放つ。
〈精霊矢〉が黒糸を断ち切り、兵士の目が一瞬だけ澄んだ。
「……ありがとう……」
その声を残し、兵士は力尽きて崩れ落ちた。
「……救えるのに、間に合わなかった」
エリスティアの手が震える。
フローラが肩に手を置いた。
「違うわ。あなたは確かに救った。私たちは無駄にしない」
その言葉に、エリスティアの瞳が再び強く燃え上がる。
「……必ず、この手で終わらせる!」
◇
大司教が再び杖を掲げ、瘴気が渦巻く。
峡谷そのものが揺れ、黒い渦が天を覆った。
「ここからが本番だ!」
戦場が、闇と光の奔流に包まれていく――。
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