脱出—月下の咆哮
月明かりが差し込む石の回廊。
かすかな靴音が、誰もいないはずの城に響いていた。
フローラは黒い外套を纏い、フィオナとリディア、そしてレオネルに伴われて進む。
石壁の影に潜みながら、息を殺して進む度に、鼓動が早まっていった。
「……見張り、交代の隙を狙ったとはいえ、時間は少ない」
レオネルが囁く。
「大丈夫。月が、私たちを導いてくれるわ」
フローラは囁き返した。
だが、その手は微かに震えていた。
◇
地下への階段を降りると、冷気が押し寄せた。
苔むした石の壁、湿った空気――誰も知らない古の通路。
「本当に……ここを抜ければ」
フィオナが不安げに呟く。
レオネルは頷いた。
「王家に伝わる退路です。滅多に使われませんが……今はこれしか」
だが、曲がり角を抜けた瞬間――
鎧の音が響いた。
「誰だ!」
火のついた松明が持ち込まれ、兵士たちが通路を塞いでいた。
通報が遅れていなかったのだ。
「……!」
リディアが剣を抜き、フィオナが背を庇う。
フローラは一歩前に出た。
琥珀の瞳が鋭く輝き、背中の鱗が淡く光を帯びる。
「退きなさい」
声は冷たく、威厳を帯びていた。
兵士たちの足が一瞬止まる――が、すぐに刃が向けられる。
「王の言葉を守るのが、我らの任務だ!」
その叫びに、フローラは目を閉じた。
次の瞬間――彼女の全身から竜の咆哮がほとばしる。
轟音と共に、赤金の光が通路を埋め尽くした。
衝撃波が兵士たちを吹き飛ばし、石壁さえも軋んだ。
◇
沈黙が訪れる。
煙の向こうに、倒れ伏した兵士たちの姿。
「……っ」
フローラは息を荒げ、膝をつきそうになる。
「フローラ様!」
フィオナが駆け寄り、肩を支えた。
リディアは険しい目で言う。
「これが……あなたの代償ね。力を振るうたびに、体を蝕む」
フローラは微笑んだ。
「それでも……進むしかないわ」
彼女は立ち上がり、再び歩を進めた。
琥珀の瞳に宿る光は、揺らいではいなかった。
◇
ようやく通路を抜けると、月光が夜の大地を照らしていた。
風が頬を打ち、自由の匂いが広がる。
「外だ……!」
レオネルが安堵の息を漏らした、その時。
森の奥から、低い唸り声が響いた。
影がうごめき、赤い眼光がいくつも灯る。
魔物の群れが、すでに包囲していた。
「……抜かりないな」
リディアが剣を構えた。
フィオナは震えながらも、フローラの側に立った。
フローラは外套を脱ぎ捨て、琥珀の瞳で群れを睨みつけた。
竜と獣人の混血の血が、再び熱を帯びる。
「進むのよ。ここで倒れるわけにはいかない」
月下に響く咆哮。
だが、その声の先には――彼女を待つ仲間の影が、確かに近づいていた。
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