幽閉の城にて—決意
石造りの塔は、冷たい夜気を閉じ込めていた。
分厚い扉にかけられた錠前、狭い窓から差し込む月光――それが、フローラの「牢」だった。
亜麻色の髪が風に揺れる。琥珀の瞳は、夜の帳を越えて遠くの空を見つめていた。
その眼差しには、幽閉された者の諦めはなく、むしろ炎のような強さが宿っていた。
「……陛下」
扉の隙間から声が届く。低く、しかし確かな響きを持った声だった。
「レオネル」
やがて扉が軋み、温厚そうな瞳をした男が現れる。王直属の側近、レオネル・ヴァルカ。
その後ろに、二人の従姉妹――フィオナとリディアが控えていた。
「時間を稼ぎました。見張りは交代の隙です。今なら……」
「逃げられるのね」フローラは息を整え、静かに立ち上がった。
フィオナが小声で叫ぶ。
「でも……本当にいいのですか? 逃げれば、反逆の烙印を押されてしまう」
フローラは一歩近づき、彼女の手をそっと握る。
「いいえ、フィオナ。私は逃げるのではないわ。民のもとへ“帰る”の」
リディアが腕を組み、冷静な眼差しを向ける。
「帰ったところで、あなたを待っているのは混乱と危険よ。それでも行く?」
「ええ。誰かが声を上げなければ、民は絶望の中に沈む。……私の血が、力が、意味を持つなら――使い果たしてでも、彼らの灯になる」
琥珀の瞳が強く輝く。
だが同時に、彼女の肩の鱗がかすかに浮かび、熱を帯びていた。
レオネルが目を伏せ、苦い声を漏らす。
「混血の力を解き放てば、あなたの身を蝕みます。静養を要する身体で……」
「分かっているわ」
フローラは遮った。
「けれど、力を惜しんで閉じ込められている方が――よほど命を削られる」
沈黙が落ちた。
その場にいる誰もが、彼女を止める言葉を見つけられなかった。
やがてフィオナが涙を拭い、小さく頷いた。
「……なら、私も行きます。姉さまを一人にはしない」
「私もだ」リディアが続く。
「ただの賛美を待つ王妃にはさせない。必要なら、私はあなたの間違いを指摘する」
フローラは微笑み、二人の手を握り返した。
「ありがとう……。私には、あなたたちが必要よ」
レオネルが懐から小さな鍵を取り出す。
「地下通路を用意しました。城を抜ければ、外に待つ仲間と合流できます。……どうか、無事に」
フローラは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
琥珀の瞳に宿る光は、もはや迷いを知らなかった。
「行きましょう。これは逃亡ではない。ルナリアを取り戻すための、第一歩よ」
塔の中の空気が変わった。
幽閉された王妃の影はそこになく――今ここに立つのは、民を導く旗印となるべき姿だった。
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