瘴気の杭—奔流を断て
轟音とともに、黒き奔流が荒野を覆った。
魔物の群れは、数にして百を超える。狼が牙をむき、巨鳥が空を裂き、獣の唸りが響き渡る。
それでも――誰一人として怯まなかった。
「……来るぞ!」
ランドルフが吠えると同時に、獣人の兵が雄叫びを上げて前に並ぶ。
その背後でクラリスが声を張り上げる。
「前衛は横一列に! 自警団の者はランドルフ殿と共に! 魔法職は後衛で援護を!」
指示は迷いなく飛び、亜人も人間も即座に応じた。
指揮の統率力は、まさに学園時代から「奏の会」を導いてきた彼女そのものだった。
◇
「ユリウス!」
クラリスの声に、金髪の青年が前へ出る。
「杭の座標を割り出した。北東に三本、東に二本、南に一本……全部で六だ」
ユリウスの瞳は鋭く光り、細かい地図を素早く描き出す。
「瘴気の流れが強いのは北東。あそこが中心核だろう。そこを壊せば全体が崩れるはずだ」
「……了解です」
エリスティアが弓を構える。
光を帯びた弦が震え、精霊の囁きが彼女の耳を打った。
(導け……我が矢よ。道を照らせ)
放たれた一矢は夜空を切り裂き、北東の瘴気杭を撃ち抜いた。
瞬間、杭が爆ぜ、魔物の列がわずかに乱れる。
「今だ! 道が開いた!」
ランドルフが吠え、獣人兵たちが突撃する。
◇
乱戦の中、クラリスは凛とした声を響かせる。
「後衛、陣を崩さないで! 負傷者は即座に下がらせて!」
レナが双剣を翻しながら、仲間の隙を守る。
「任せて! この程度じゃまだ倒れないわ!」
ユウマも庵仕込みの体術で魔物を次々と叩き伏せる。
「守るのは得意だからな……誰も死なせない!」
彼らの奮闘が、戦線を繋ぎ止めていた。
◇
だが――杭はまだ残っている。
北東の一つを壊しただけでは、群れの勢いは止まらない。
「エリスティア!」
クラリスが振り返り、叫ぶ。
「次をお願いしますわ!」
「はい……!」
彼女は再び弓を引き絞った。
瘴気に濁る空気を裂き、光の矢が放たれる。
矢は二本の杭を貫き、光の環となって弾けた。
星環射――光の輪が広がり、魔の糸を断ち切っていく。
魔物の動きが一斉に鈍り、戦場の空気が変わった。
「……効いてる!」
ユリウスが驚きの声を上げる。
「エリスティアの矢は、杭だけでなく“魔を操る糸”ごと断ち切っている!」
◇
その瞬間、彼女の胸に確信が宿った。
(これは――救える力……!)
フローラを敬愛する心が、弓を通して精霊に届いている。
その願いが矢となり、瘴気を払っていく。
「もう迷いません……! フローラ様を、この手で――」
エリスティアは最後の杭へと狙いを定めた。
仲間たちの声、武器の音、精霊の囁き――すべてが一つに重なる。
「――断てッ!」
放たれた矢が杭を撃ち抜いた瞬間、黒い奔流が霧散し、魔物たちは糸を失った操り人形のように地へ倒れ込んだ。
◇
戦場に静寂が訪れる。
荒野を覆っていた瘴気が晴れ、冷たい風が頬を撫でた。
クラリスが微笑みを浮かべ、仲間たちを見渡す。
「……よくやりましたわ。これで道は開けました」
ユリウスが深く息を吐き、眼鏡を外した。
「大司教の本拠は……この先だ。逃がすわけにはいかない」
エリスティアは弓を握りしめたまま、空を仰いだ。
(フローラ様――もうすぐ、お迎えに参ります)
彼女の瞳は、強い光で燃えていた。
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