迫りくる群れ—人工の奔流
荒野を渡る風が、戦いの余韻を吹き流していく。
地に横たわる魔熊の巨体は、すでに瘴気を失い、ただの肉塊と化していた。
エリスティアは弓を握りしめたまま、肩で息をしながら前を見据える。
その横で、クラリスが冷静に仲間たちへと指示を飛ばしていた。
「負傷者は軽傷のみ……皆、よく耐えてくれました。けれど――休む暇はなさそうですわね」
クラリスの碧眼が、遠方の黒煙を捉えていた。
地平の彼方で、土煙が幾筋も上がり、地鳴りのような振動がこちらへ迫ってくる。
「……群れだ」
ユリウスが眉をひそめる。
「自然発生のスタンピードじゃない。動きが整然としすぎている」
彼の分析に、ランドルフが牙を剥く。
「つまり、誰かが仕組んだってことか。魔物を“兵器”みたいに使ってやがる」
エリスティアは弓を下ろし、深く息を吸った。
胸の奥に、冷たい予感が広がっていく。
――この流れの先に、フローラ様が。
「……瘴気の流れが不自然です。あの群れは、おそらく瘴気を囮に集められています」
彼女の声はわずかに震えていたが、その瞳は揺らがなかった。
クラリスがその肩に手を置き、静かに頷く。
「エリスティア。貴女の判断が正しいのなら――放置はできませんわ。王国の中枢まで踏み込まれれば、ルナリアの民は耐えられない」
「……はい。ここで止めなければ、フローラ様の居場所も危うくなる」
エリスティアは弓を握り直し、決意を込めた。
◇
群れが近づくにつれ、その異様さが明らかになってきた。
狼型の魔物、獣型の魔物、鳥の魔物……種はばらばらなのに、まるで同じ意思に操られているかのように進軍してくる。
「やはり……」
ユリウスが眼鏡を押し上げ、冷静に言葉を続ける。
「群れを束ねているのは、地面に打ち込まれた“瘴気の杭”だ。あれが魔物を呼び寄せている……おそらく大司教アドリアン・ド・モンフォール派の術式だろう」
「なら、杭を壊せばいいんだな!」
ランドルフが拳を鳴らす。
「俺たちが突っ込んで杭を折る。その間、魔物は……」
「わたくしたちが食い止めますわ」
クラリスが毅然と答える。
「奏の会も庵の者も――皆で戦線を張れば、不可能ではないはず」
◇
エリスティアは仲間たちのやり取りを聞きながら、心を静めた。
弓に宿る光が、彼女の鼓動と同調するかのように脈打っている。
(フローラ様……どうか、今はご無事で)
彼女の心の奥底に、強い願いが芽生える。
その願いが、仲間たちの決意と重なり合う。
ランドルフが剣を抜き、狼のように吠えた。
「よし、蹴散らしてやろうぜ! この群れを止めるんだ!」
「――はい!」
エリスティアも声を張り上げた。
次の瞬間、地平線の黒い奔流が、彼らの前へと押し寄せてきた。
お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。
面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。