黒熊の咆哮—精霊の光
荒れ地を抜ける風は乾ききって、砂礫を巻き上げていた。
進軍する一団の足取りは重い。だがその中央を歩くエリスティアは、胸に宿る新しい弓の重みを確かに感じていた。
「……行こう」
彼女の小さな声が、仲間たちの緊張をわずかに和らげる。
先頭を歩くのは、黒髪の狼獣人・ランドルフ。
背丈も肩幅も人間の兵を凌ぎ、頼もしい背中が風を裂く。
「気配……来るぞ!」
鋭い嗅覚が最初に異変を察知した。
瞬間、荒地の岩陰から巨体が躍り出る。
それは瘴気を纏った黒熊だった。
四肢は岩のように太く、口を開けば濁った咆哮が天地を震わせる。
「構えよ!」
クラリスの澄んだ声が響き渡る。
公爵令嬢らしい威厳を持ちながら、彼女は自ら剣を抜き放った。
熊が地を踏み砕いて突進してくる。
ランドルフが咆哮を返し、真正面から受け止めた。
「ぐっ……重いな!」
押し返す腕に、筋肉が隆起する。
琥珀色の瞳が闘志で光った。
「ランドルフ、右に流せ!」
即座にユリウスが指示を飛ばす。冷静な観察眼が熊の動きを見抜いていた。
「任せろ!」
巨体をいなし、熊の右肩を露出させる。
その瞬間、クラリスが駆け抜けた。
白銀の刃が閃き、熊の肩に深々と切り込む。
血ではなく、瘴気が噴き出す。
「効いている!」
レナが叫び、弓を構えて矢を放つ。ユウマも短剣で横から切りつけた。
だが黒熊は止まらない。
怒りに燃えた瞳で、エリスティアへと狙いを定める。
「……来なさい」
彼女は一歩も退かず、弓を引き絞った。
光が集まる。
精霊たちが彼女の決意に呼応し、矢じりに白い輝きが宿る。
「精霊矢――」
放たれた矢は夜明けの星のように閃き、熊の胸を貫いた。
瞬間、轟音が止み、瘴気が砕け散る。
黒熊の巨体がよろめき、地に崩れ落ちた。
その眼からは濁りが消え、一瞬だけ安らかな光が戻る。
「……浄化された……のか?」
ユリウスが呟く。
エリスティアは弓を下ろし、小さく息をついた。
その顔に浮かんだのは、恐怖ではなく確信。
「もう……救えるのね」
静かな言葉に、仲間たちの胸が震えた。
ランドルフが笑い、肩を叩く。
「お前の矢、すげぇな! これならどんな魔物も怖くねぇ!」
クラリスも口元に微笑を浮かべる。
「ええ、アマネの言葉どおり……あなたには、皆を導く力がある」
仲間たちの視線が自然とエリスティアへ集まった。
その瞳に映る光は、一人の少女を「守られる側」から「導く者」へと変えていた。
荒地に残るのは、瘴気の散った匂いと、精霊の残した柔らかな光。
その中心で、エリスティアは新たな一歩を踏み出していた。
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