精霊の声—弓の昇華
夜風が冷たく吹き抜け、野営地の焚火が小さく揺れた。
ルナリアの都へ向かう前の準備は静かに進んでいたが、エリスティアの胸中はざわめきを抑えられなかった。
膝に抱いたのは、幼い頃から手にしてきた一本の弓。
木肌は何度も手で磨かれ、指先に馴染む感触がある。
だが――今から挑む戦いの前では、あまりに頼りなく思えた。
「……フローラ様」
声に出すと、胸が熱くなる。
幽閉され、いまだ救えぬ彼女。その姿を想うだけで、矢を番える指が震えた。
◇
「エリスティア」
背後から声がかかり、振り向くと、焚火の光に照らされた二つの影が立っていた。
アマネとリュシア。
「準備を手伝うよ」
アマネは微笑み、刀を背に掛けたまま近づいてきた。
その眼差しは戦士のものでもあり、同じ仲間を案じる少女のものでもあった。
「あなた一人の戦いじゃないわ」
リュシアも続く。杖の先端に淡い光を灯しながら、柔らかな声をかける。
「祈りは、一人より二人、三人で紡ぐ方が強い。……わたしたちは、あなたの隣にいる」
エリスティアは目を瞬かせた。
勇者と聖女――その名は誰もが憧れ、頼る象徴。
けれど、今の二人はただ彼女を支えようとする仲間でしかなかった。
「……ありがとう」
かすれた声が、ようやく唇から零れる。
◇
その時だった。
風に乗って、微かな囁きが響いた。
――問う。汝の願いは何か。
焚火が揺れ、夜空の星が瞬きを増す。
三人の間に、透明な光が広がっていく。
エリスティアの胸に、鮮烈な想いが溢れた。
「私は……フローラ様を守りたい。この身を賭しても……あの方の未来を」
その言葉に応えるように、弓が淡く光を帯びる。
木肌が透き通り、古より宿る精霊の声が脈打つように響いた。
――汝の祈り、勇者の剣と聖女の杖に呼応す。
――ここに、新たな器を与えん。
「……!」
弓が震え、眩い光が溢れ出す。
アマネの刀から星粒が舞い、リュシアの杖から聖光が流れ込み、三つの力が絡み合った。
やがて光が収まり、エリスティアの手には新たな弓が残されていた。
弦は星光を編んだように煌めき、矢を番える前から清らかな力が滲み出している。
「これが……」
「精霊が応えたんだね」
アマネが頷く。
「あなたの願いが、本物だったから」
リュシアが微笑む。
エリスティアは弓を抱きしめ、静かに息を吐いた。
勇者でも、聖女でもない。
けれど――仲間として、自分にしかできない役割がある。
「……必ず、フローラ様を救ってみせます」
その誓いは、夜空へと響き、星々が応えるように瞬いた。
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