光の洞窟—救済と隔離
ルナリアとの国境近く。
難民の列は延々と続き、夜を迎えても止むことはなかった。
寒風が吹き抜ける野営地では、焚き火の明かりの下で子どもが泣き、母が寄り添い、兵士とギルド員が秩序を保つために声を張り上げていた。
その時――。
「……やめろ! 近づくな!」
悲鳴が上がった。列の中で一人の獣人青年が膝をつき、全身を震わせていた。
眼が赤黒く濁り、呼吸は荒く、皮膚に黒い紋様が浮かび上がる。
「依代化……!」
周囲がざわめき、恐怖に後ずさる。
◇
カイルはすぐに腰の袋から護符を取り出した。
羊皮紙に描かれた簡易術式。リュシアの祈りで完成した、まだ試作段階のもの。
青年の胸に護符を当てる。
一瞬、白光が走るが――すぐに光は乱れ、黒い亀裂が走った。
「……兆候ありだ」
カイルの声は冷静だったが、周囲には衝撃が走る。
「じゃあ……やっぱり排除を……!」
「近づくな!魔になる前に斬れ!」
兵士や民の声が錯綜する。青年は苦しみ、呻き声を上げた。
◇
その時、アマネが一歩前へ出た。
刀を地面に突き立てる。
「――星護結界」
光が大地に広がり、半球状の結界が青年を包み込む。
続けてリュシアが杖を掲げる。
「光律聖陣、展開」
祈りの声とともに、結界の内部に聖なる陣が描かれた。
その空間は清浄な光で満たされ、まるで洞窟のように外界から切り離されていく。
「ここなら……」
カイルが頷いた。
「隔離と安寧、両立できる」
◇
光の洞窟の中で、青年は荒い息を繰り返していた。
だが、祈りと光に包まれるうち、紋様の濁りがわずかに薄れていく。
「……俺は……まだ……」
掠れた声が漏れた。
リュシアはそっと杖を掲げ、声を重ねる。
「あなたを拒む者はいない。心を澄ませれば、必ず帰る場所がある」
青年の震えが和らぎ、瞳にわずかな琥珀の色が戻った。
◇
外で見守っていた民衆から、安堵の吐息が漏れる。
恐怖と拒絶が渦巻いていた空気に、希望の光が差し込んだ。
「……護符で判別し、光の洞窟で隔離する。これなら――」
カイルは護符を掲げながら言った。
「救済と防衛を、同時に制度化できる」
アマネは刀を抜き取り、結界を解いた。
リュシアの光も静かに収束する。
青年は仲間に支えられ、涙をこぼしながら礼を言った。
◇
その夜。
焚き火の周囲で、民は互いに食料を分け合い、子どもたちの笑い声がかすかに戻った。
「これで、皆を受け入れられる……」
カイルは護符を見つめ、拳を握る。
だが同時に理解していた。
「……大量に依代化が起これば、救済は追いつかない。その時は――斬るしかない」
リュシアは横顔を見つめ、静かに頷いた。
「でも、今日確かめられたわ。救える命がある限り、私たちは諦めない」
二人の言葉は焚き火の煙に溶け、星空へと昇っていった。
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