女子の時間—笑いと湯気の中で
石畳の渡り廊下を抜け、大浴場の前に着いたときには、もう夜明けの光が薄く差し込んでいた。湯けむりが天井に淡く揺れている。
王妃が事前に人払いをしてくれていたおかげで、浴場は三人だけの貸切だった。
扉を開けると、白い蒸気の奥から弾ける声が響いた。
「おそーい! アマネ!」
ミナだった。頭に小さな手拭いをちょこんと乗せ、肩まで湯に浸かりながら大きく手を振っている。
「ほら、貸切なんだから遠慮しなくていいよ!」
リュシアもすでに入っていた。肩まで湯に沈めた姿は、まるで聖像画のように静謐。だがその横顔には、わずかな照れが見え隠れしている。
「じゃ、じゃあ……」
外套を畳み、帯を解いて湯へと足を浸す。じわりと広がる温かさが、戦闘で強張った筋肉を一気にほぐしていった。
「ふぅ……生き返る」
「ね、でしょ?」ミナが満足げに頷く。「効率よく疲れ取るなら、湯に浸かるのが一番!」
「……そうかもしれません」リュシアが小さな声で続ける。「でも、こうして仲間と共に入るのは、初めてです」
「えっ? 初めて?」アマネが目を丸くする。
「はい。教会では……そういう習慣はなくて」
聖女として育った彼女の、わずかな戸惑い。その響きに、アマネは「人形の殻」がほんの少し揺らいだ気がした。
やがて、ミナが唐突に声を張り上げた。
「よーし、恒例の女子会といえば――胸比較!」
「な、なにそれっ!」アマネが慌てて立ち上がり、湯がばしゃっと弾ける。
「効率よく真実を知るための調査!」ミナは胸を張る。……いや、張れるほどのものはないのだが。
「わ、私はそういうの……」リュシアが戸惑って身を縮める。
「ほらほら、リュシアも!」ミナは両手を広げて迫る。
「や、やめてください……!」リュシアの頬にうっすら赤みが差した。いつもの無機質な笑顔ではない。
「ふふっ……」アマネは思わず笑ってしまった。「ミナ、ほんと自由だね」
「自由は正義!」ミナは湯をぱしゃっと跳ね上げる。
しばらくして、ミナがわざとらしく胸を押さえ、ため息をついた。
「ふぅ……やっぱり私だけ見劣りしてない?」
「えっ、全然!」アマネが慌てて否定する。
「むしろ……すごいと思う」
「そ、そうでしょうか……?」リュシアがちらりと横目を向ける。
頬が赤くなり、湯の表面が揺れた。
「やっぱり私の勝ちかも!」ミナが急に元気を取り戻して笑う。
「自由は正義! この差も個性ってことで!」
リュシアは一瞬驚いた後、思わず小さく笑った。
「……こんなふうに、からかわれるのも……悪くありません」
その笑顔に、アマネの胸が温かくなった。
――少しずつ、変わっていくんだ。
三人の笑い声が、湯けむりの中で溶け合った。
入浴を含む日常回(R15範囲内)です。更新は不定期・毎日目標。よければブクマ&感想お願いします。




