奏の会—再び響く名
夕刻、トワイライトの広場には祭の余韻が漂っていた。
難民も市民も、そして亜人の子らも、今日から共に生きる街の名を得て胸を張っている。
その喧騒を割るように、馬車の音が近づいてきた。
漆黒に金の紋章を飾った紋章馬車。人々がざわめき、道を開ける。
「……あれは、公爵家の印章だ」
広場の中央に立つアマネが顔を上げた瞬間、扉が開く。
プラチナブロンドの髪を編み込み、碧眼を輝かせる令嬢が、ゆるやかに降り立った。
気品に包まれながらも、その眼差しは一人の少女を真っ直ぐに射抜いていた。
「――アマネ!」
声が響いた。
かつて学園で共に歩んだ日々が、その一声で蘇る。
「クラリスさん……!」
アマネの頬に驚きと喜びが広がる。駆け寄ろうとした瞬間、背後からもう一人、きっちりとした姿勢の青年が姿を現した。
「失礼を。クラリス嬢一人では、と父が許さなくてな」
金髪を整え、真面目な表情をしたユリウス。
以前の皮肉めいた少年の面影は消え、凛とした青年の輪郭があった。
◇
「会いたかったわ、アマネ」
クラリスは迷いなくアマネの手を取り、指を絡めるように握る。
周囲の視線も意に介さず、その碧眼を細める。
「勇者だなんて肩書きはいらないの。私にとっては、あの頃からずっと大切な――アマネだから」
その言葉に、アマネの頬がかすかに赤く染まる。
隣で見ていたリュシアが苦笑し、アルトは少しむっとした顔をしたが、誰も止められない迫力がクラリスにはあった。
ユリウスはそんな二人を見守りながら、小さく息を整える。
「……俺も来たのは、父の命令からではない。宰相の影が消えた今、俺は俺の矜持で動く。奏の会の名のもとに」
その言葉に、広場にいた古い仲間たちがざわめく。
「奏の会」――学園時代にアマネを支えるために結成された小さな輪。
時を越え、再びここに響いた。
◇
「街の名が決まったと聞いたわ。トワイライト……いい名ね」
クラリスが周囲の人々を見渡し、優雅に微笑む。
「共に暮らすには誤解も摩擦もあるでしょう。でも、光と影が混ざり合ってこそ、夕暮れは美しいの」
言葉は高潔でありながら、民の心にすっと届く柔らかさを持っていた。
「奏の会は不滅よ。アマネを支える輪は、ここでも生き続ける」
その宣言に、アマネは胸の奥が熱くなるのを覚えた。
勇者としてではなく、一人の“アマネ”として。
自分を信じてくれる存在が、再びそばに立っている――その確かさが、背を押した。
◇
広場に集まる人々は、若き公爵家の面々の登場に驚きながらも、やがて拍手を送った。
共生街の未来はまだ揺らいでいる。だが、この一歩が確かに空気を変えていく。
アマネはクラリスとユリウスに頷き返す。
「ありがとう……ここから、また一緒に」
クラリスの碧眼が優しく揺れた。
「ええ、アマネ。いつだって、あなたの隣に」
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