民の声—王族の言葉
炊き出しの煙が薄く漂う夕刻。
共生街の広場に、鋭い声が響いた。
「待ってください! その分配はおかしいです!」
声の主は、橙の髪に狐耳を揺らす少女だった。
長い尾をふわりと揺らし、巫女衣をまとった姿は人々の注目を集める。
「子どもや老人を優先するのは当然です。でも――兵役を免れた貴族の倉庫にはまだ余裕があるはずです!」
その言葉に、周囲の難民たちがざわめいた。
アルトは机から立ち上がる。
「……君は?」
「フェリナ。民の声を代弁する者です」
そのまなざしは鋭く、王族の青年を正面から射抜いていた。
◇
「我らが備蓄も限界だ。今は少しでも秩序を保たねば」
アルトの声は冷静だが、言葉には重みがある。
「秩序? それで飢える民の声を切り捨てるのですか!」
フェリナは一歩も退かない。
カイルが横から口を挟んだ。
「正義がぶつかっているだけだね。アルトは“秩序”を守ろうとしている。フェリナは“民の腹”を守ろうとしている。どちらも正しい」
「だが――」
「だからこそ、落としどころを見つけるのが僕たちの仕事だよ」
カイルは微笑み、紙にさらさらと線を引いた。
「三日ごとに交代で倉庫を開く。備蓄を均す。その上で、子どもと老人優先を徹底する。どう?」
アルトは目を細め、フェリナは短く息を呑んだ。
そして、やがて頷く。
「……なら、民も納得します」
◇
やりとりを見守っていたアマネは、刀を背に軽く笑った。
「正義と正義のぶつかり合い、か……剣より難しいね」
リュシアは微笑んで応じる。
「でも、乗り越えれば強くなる。きっと」
フェリナはふと二人に目を向けた。
「あなたたちは……」
「勇者と聖女?」と囁く声が群衆から漏れる。
リュシアは首を振り、静かに答えた。
「私たちは、みんなと同じです。希望を、分け合う者にすぎません」
その言葉に広場の空気が和らいだ。
フェリナはじっと二人を見つめ、やがて尾をふわりと揺らして口元を緩めた。
「……なら、信じてもいいかもしれませんね」
◇
夜が落ち、焚き火の明かりに照らされた街は少しだけ落ち着きを取り戻す。
しかし、人と亜人の摩擦はまだ始まったばかり。
だが確かに、小さな一歩が踏み出されていた。
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