秘密の再会—セレスの微笑
学園の寮棟へ戻ると、教師たちは「まず休息を取れ」と声をかけた。
模擬演習の余韻はまだ体に残っている。筋肉は悲鳴を上げ、泥にまみれた制服は重い。誰もが思い浮かべたのは、広い大浴場だった。
「やっぱり効率よく汗を流すなら、大浴場一択!」
ミナが拳を突き上げ、ジークが呆れながらも頷く。
「……元気だな」
「まあ、衛生も士気も大事です」カイルが珍しく同意するように言い、記録帳を閉じた。
アルトは静かに息を吐き、リュシアはその横に寄り添うように歩く。重圧を受け止めながら、彼はそれを隠そうとしていた。
「じゃ、先に行こうぜ!」
ミナを先頭に、男子も女子も連れ立って浴場へ向かう。
──アマネだけが何かの気配を感じ数歩遅れていた。
靴紐を結び直すふりをしながら、ふと廊下の曲がり角に目をやる。
そこに、見慣れたはずの、けれど場違いな影が立っていた。
「……セレスさん?」
月光のような銀髪が揺れた。庵で見た“セレス”の姿と同じ微笑み。けれど纏う衣は、王都の光を映すように気品に満ちていた。
「お疲れさま、アマネ」
声は柔らかく、それでいて胸の奥を見透かすようだった。
「ど、どうしてここに……?」
息が詰まる。庵と王城が、一つに繋がってしまったみたいで。
その女性は小さく首を傾げ、いたずらっぽく唇を緩めた。
「“エリシア”と言った方がいいかしら?」
アマネの目が見開かれる。
「……っ! じゃあ、本当に……王妃様……?」
「しーっ」彼女は指を口元にあてた。
「まだ秘密にしておきましょう。少しの間だけ、あなたと私の“秘密”に」
庵での親しさと、王妃としての威厳。二つの顔が同じ人に宿っている。信じられない光景だった。
「でも……どうして私なんかに……」
アマネの声は震えていた。
「あなたには、見えているものがあるから」
エリシアの瞳が、ふっと鋭さを宿す。
「同じ景色を見ていながら、他の子とは違うものを感じている。……それはあなたの強さよ」
言葉を消化する前に、エリシアはそっとアマネの肩を押した。
「さあ、行きなさい。友達が待っているわ」
「……はい」
かすかに頷く。胸の鼓動はまだ落ち着かない。
廊下の奥へと消えていく背中は、庵でのセレスとも、王妃エリシアとも、どちらでもあった。
──秘密を抱えたまま、重い扉を押す。
湯気がふわりと頬を撫でた。
「遅い!」桶を鳴らしてミナが振り返る。
「大丈夫ですか?」リュシアが小首を傾げる。その笑みは整っていて、けれどアマネにはどこか“作り物”のように見えた。
「ごめん、ちょっと迷ってて……」アマネは曖昧に笑った。
「ほら、早く入りなよ!」
「今日は効率抜きで、のんびりね!」
笑い声が湯気に溶けていく。
仲間たちと過ごす時間の中で、アマネは胸にしまった秘密をぎゅっと抱きしめていた。
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