継杖—賢者の矢
洞窟を覆う闇が再びうねり、幻影獣の咆哮が響いた。
黒い腕が地を叩き、床石が砕けて飛び散る。
「アマネ、下がって!」
リュシアが前へ出る。
その声音は震えを含まず、芯のある強さで洞窟に響いた。
◇
杖の先端に浮かぶ星映水晶が、赤と青、そして紫に輝く。
炎、氷、雷――三つの属性が彼女の周囲を巡り、髪を揺らす。
「……私はもう、祈るだけの聖女じゃない」
低く呟き、リュシアは掌を前に伸ばした。
光矢が生まれる。
だが以前のような淡い矢ではなかった。
燃える炎をまとい、氷の煌めきを帯び、雷の稲光を宿した矢。
「星炎氷閃――!」
放たれた矢は幾筋もの軌跡を描き、幻影獣へと突き刺さった。
炎が肉を灼き、氷が動きを封じ、雷が影を切り裂く。
三重の力が重なり、闇の獣は苦悶の咆哮をあげた。
◇
「すごい……!」
背後でアマネが息を呑む。
刀を構えながらも、彼女は今や守り手に回っていた。
幻影獣が大きく腕を振りかざす。
「アマネ!」
「任せて!」
アマネは刀を地に突き立て、星護結界を展開。
星粒が舞い、半透明の光壁が迫る爪撃を受け止める。
轟音が洞窟を揺らすが、結界は砕けなかった。
「行って、リュシア!」
「……ありがとう」
◇
リュシアは杖を掲げ、さらに魔力を込めた。
足元に光の陣が浮かび上がり、彼女の髪が風に舞う。
「聖女だからじゃない……私自身の意志で!」
光矢が再び生まれる。
今度は数十本。
その全てが彼女の意志を宿し、幻影獣へ一斉に放たれた。
「――はあぁっ!」
矢が奔流となり、洞窟を埋め尽くす。
炎と氷と雷が交わり、闇の肉体を穿つ。
悲鳴が反響し、岩壁が震えた。
◇
しかし――。
闇は消えず、逆に膨れ上がっていく。
影が暴れ狂い、リュシアの光矢を呑み込もうとした。
「まだ……!」
リュシアの膝が震え、杖が重くのしかかる。
魔力の奔流に呑まれかけ、視界が白く霞む。
「リュシア!」
アマネが駆け寄り、刀を掲げた。
「星護結界!」
光壁が彼女を包み、押し寄せる闇を防ぐ。
二人の視線が交わる。
「無理はするな」
「いいえ……私はもう、退かない。守るために、攻めるの」
◇
闇と光がせめぎ合う中、リュシアは凛と立ち続けた。
その姿は、かつての無垢な祈り手ではない。
強く、気高く、仲間を導く賢者の光そのものだった。
アマネは微笑み、刀を握り直す。
「なら、次は――二人で」
幻影獣が吠え、洞窟の奥が崩れ始めた。
星と闇が渦を巻く中、二人は肩を並べる。
呼吸は重なり、双子のように揃っていた。
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