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揺らぐ評価

帰路についた一行に、教師から模擬演習の打ち切りが伝えられた。

「中型魔物の出現は想定外だ。これ以上は危険だ」

三泊四日の予定は、一日足らずで幕を閉じることとなった。

「ま、これで少しは休めるな!」ジークが笑う。

「勝ちは勝ち! 効率よく成果出したんだから十分でしょ!」ミナは胸を張る。

「撤退もまた戦術です」カイルは眼鏡を押し上げ、冷静に言い添えた。

皆が前向きに受け止める中、アルトだけは無言で歩を進めていた。焚き火の残り香と血の匂いが、まだ鼻の奥にこびりついている。

学園の広場に戻ると、全生徒が整列させられた。

夏の夕風が吹き抜け、照りつけた陽射しの熱がまだ石畳に残っている。

壇上に立ったのは、筋骨逞しい騎士教官バルド・エッケル。

その声は、鉄を叩くように響いた。

「今回の模擬演習において、特筆すべき成果を上げたのは――アルト・ソレイユ!」

名が告げられると同時に、ざわめきが広がる。

「彼は影狼を討伐し、己の才覚を証明した! 未来の王国を背負う者として、ここに称える!」

拍手が一斉に湧き起こった。

ジークが「よくやったな!」と肩を叩き、カイルも「当然の評価でしょう」と頷く。

ミナは満面の笑みで「アルト、おめでとう!」と叫んだ。

リュシアもまた、小さく会釈して微笑んだ。

それは誰もが理想とする“聖女の微笑”――だがアマネには、碧眼の奥がほんのわずかに空虚に揺らいで見えた。

そこにもう一人、壇上の影が進み出た。

ローブを翻したのは宰相派教授ヘルマン・クロイツァー。魔導学の古参で、口元は硬く結ばれている。

「勇者の素質とは、聖女の祈りに応じうる力に他なりません。今回、リュシア殿の加護を最大限に引き出したのは、アルト殿下ただ一人」

抑揚を抑えた声が、冷たく広場を満たした。

「すなわち、彼こそが勇者の器である」

視線を向けられたリュシアは、形式通りに微笑んで応じる。

だがその笑みは薄く、喜びでも誇りでもない。ほんの一瞬だけ、作られた仮面が揺らぎ、アマネの胸をざわつかせた。

(……リュシアさんも、“役割”を演じてるだけ……?)

その時、別の声が喧噪を割った。

「やはり殿下は格が違うな」

ラインハルトが、取り巻きを連れて進み出る。

「同じ一年とは思えん。影狼を仕留めた一閃――あれは王族にしかできない業だ」

取り巻きの声が追従する。

「最後の一撃、まさに英雄!」

「殿下がいなければ全滅していたでしょう!」

言葉は賞賛の形を取っていた。

だがアルトの耳には、なぜか棘を含んだ皮肉のように響く。

「……俺たちも戦った」ジークが小声で呟いたが、拍手と声援に掻き消された。

広場を埋める生徒たちの視線はただ一つ――アルトだけに注がれていた。

「すごい……やっぱり勇者はアルト殿下だ」

「聖女様と並ぶのは殿下しかいないよな」

評価は膨れ上がり、仲間たちの存在を覆い隠していく。

(……違う。みんなで戦ったんだ。なのに……なぜ俺だけ?)

アルトの鼓動が重く響く。

喧騒の中で、孤独だけが胸に膨らんでいった。

やがて解散が告げられると、緊張が解けた身体は一斉に悲鳴を上げた。

汗に濡れた制服、泥にまみれた手足、まだ疼く傷跡。

「……とりあえず、風呂だな」ジークがあくびを噛み殺しながら言った。

「大浴場で一気に汗を流すのが最善!」ミナが両手を広げる。

「僕も記録を片付けたいですが、休息が先ですね」カイルは眼鏡を直す。

アマネも小さく笑った。「私も……ゆっくりしたいです」

皆の声に、アルトも頷いた。

だが胸の奥に燻る違和感は、消えないままだった。

(この評価は……祝福か、それとも罠か?)

夏の夕風が広場を吹き抜け、石畳の影を長く揺らした。


読了感謝!学生編の“初めての揺らぎ”でした。更新は不定期ですが毎日目標です。ブクマ&感想お願いします。


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