闇に潜む盟約—宰相と教皇
夜の大聖堂。
ステンドグラスを背に立つのは、教皇ヴィクトル・デ・ローザリア。蝋燭の明かりに浮かぶその顔は、慈悲深さを纏いつつも、その眼差しは鋭く冷ややかだった。
「宰相殿。……随分と苛立っているようだ」
声を掛けられたヴァレンティス宰相は、外套を翻しながら堂内に足を踏み入れる。
その表情には、王都会議で押し切られた屈辱の色が隠し切れない。
「苛立って当然だろう。あの若造の一言で、亜人どもを受け入れるなど……! このままでは“器”が尽きる」
低い唸り声に、教皇は口元を歪めた。
「だからこそ、焦る必要はない。ルナリアには、まだ利用できる者が山ほどいる」
「……ふん。あの国に残った者は、我らが手を差し伸べるとでも?」
その時、脇に控えていた大司教アドリアン・ド・モンフォールが進み出る。
彼の手には数枚の報告書。ルナリア各地で捕らえられた“素行不良の亜人”や“捨てられた村の生き残り”の情報が並んでいた。
「抵抗を示す者、追放された者……いずれも孤立し、帰る場所を持たぬ。そうした者たちを“依代”として仕立て上げればよいのです」
宰相は報告書を受け取り、冷笑を漏らす。
「……なるほど。ならば民草どもを救う顔をして、裏では“捧げ物”に変えるか」
教皇は荘厳な声で囁いた。
「秩序を築くためには犠牲が必要だ。我らこそ、真の救世主なのだよ」
◆
やがて三人は祭壇の奥へと進み、隠された転移の間に足を踏み入れた。
冷たい魔力が渦巻き、空間が歪む。
「……ソレイユでは我らの動きが鈍くなる。王も、民も、あまりに“正しさ”を重んじる」
「ならば次の舞台は――」
宰相と教皇の視線が重なり、同時に言葉を吐き出す。
「ルナリアだ」
転移陣が輝きを放ち、三人の姿が掻き消える。
大聖堂に残ったのは、冷たい夜風と、消え残る蝋燭の煙だけだった。
――その瞬間、ソレイユは二つの影を失い、ルナリアの地に暗黒の嵐が近づいていた。
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