緊急会議—難民受け入れの是非
ソレイユ王城の会議室。重厚な扉が閉ざされ、冷えた空気が張り詰めていた。
長卓の上に置かれた地図には、ルナリア王国からソレイユへと続く街道筋が赤く示されている。その道を辿って、すでに数十名の難民が国境を越えてきたとの報が入ったのだ。
「――認められませぬ!」
会議冒頭から声を張り上げたのは宰相ヴァレンティスだった。年輪を重ねた顔は険しく、机を叩く拳に青筋が浮かんでいる。
「異国の民を無闇に受け入れれば、国土は乱れ、民心は乱れます。ましてや、彼らの中に間者が紛れていないと誰が保証できますか! 我がソレイユの治安を乱す火種を、自ら抱え込むような真似をなさるおつもりか!」
言葉は鋭く、重臣たちの胸を揺さぶる。ざわめきが広がる中、王アルフォンスは腕を組んだまま沈黙していた。隣席の王太子レオンもまた、冷静に視線を宰相へと向けている。
「……しかし、ルナリアの混乱はすでに我らの国境を脅かしておる」
静かに声を発したのはアルフォンス王だった。低く通る声音が広間を鎮める。
「難民と呼ばれる者たちの中には、ただ飢えを凌ぎたい母子や、行き場を失った老人もおる。これをすべて斬り捨てよとは、王として言い難い」
「陛下、それこそが甘さでございます!」ヴァレンティスが強く食い下がる。「情に流されれば国を亡ぼす。国民の安全を第一とするのが為政者の務め――」
「……では、信徒を見捨てよと?」
ぽつりと投げかけたのは、教会から出席している高位聖職者だった。白い法衣を整えながらも、その声音には覇気がない。
「彼らもまた神の子。我ら教会としては、門を閉ざすという言葉は使い難い……。とはいえ、積極的に手を差し伸べる責務があるかと問われれば……」
歯切れの悪い返答に、場の空気が宙ぶらりんとなる。
誰もが視線を交わし、言葉を探す。だが決定打は出ない。
そこで立ち上がったのはアルトだった。
ギルド代表としての立場、そして外交交渉を担い始めた若き貴族としての自覚が背筋を伸ばす。
「陛下。もし国の枠組みとして直接受け入れることにリスクがあるのなら――“ギルド”を通してはどうでしょうか」
その言葉に、ヴァレンティスが眉をひそめる。
「……何を申す。寄せ集めの集団に、国の命運を預けると?」
「預けるのではなく、仲介です」アルトは一歩も引かずに言葉を返す。
「我らギルドはすでに国内で多くの依頼を請け負い、民に寄り添う場として根付きつつあります。難民を直接王国が抱えるのではなく、まずギルドを通じて保護し、素性を確認し、労働や生活の場を整える。国としては、彼らを“客分”として扱うのです」
「客分、だと……?」
「はい。彼らを永住者と断じるのではなく、一時的な庇護対象として受け入れる。問題があれば、ギルドが責を持って対応する。軍や官僚機構を煩わせることなく、柔軟に動けるのがギルドの強みです」
卓上に広げられた地図の端を指で押さえ、アルトは続けた。
「国境付近の仮宿舎を整え、物資はギルドの管理下で配分します。ソレイユ王国としては最低限の監督権を保ちつつ、民心を乱さぬ形での受け入れが可能です」
押し黙る一同。沈黙を破ったのはミナだった。
「実際、ギルドでは小規模ながら宿舎の手配や物資の融通の仕組みを準備しています。人数が増えるなら工夫が必要ですが、試験的に始めるくらいなら対応できます」
隣のジークも力強く頷く。「責任は俺たちが取る。ギルドの存在意義を示す機会だと思う」
ヴァレンティスの目が細められる。老獪な瞳がアルトを射抜いた。
「若造……甘い理想を掲げて、国を危うくするつもりか?」
しかしアルトは静かに微笑み返した。
「理想ではなく、現実です。いま国境に立つのは、腹を空かせた子どもたち。見て見ぬふりをすれば、彼らは飢えて倒れ、あるいは盗賊に堕ちる。その方がよほど国の害となりましょう」
王座のアルフォンスが、長く重い吐息をついた。
「……結論は出たな」
彼は卓を見渡し、最後にヴァレンティスへ視線を据える。
「ギルドを通じて、試験的に難民を受け入れる。監督権は王国が握るが、実務はギルドに委ねる。まずは百名を上限として、状況を見極めよ」
「陛下……!」宰相が口を開きかけたが、王の眼差しに押し返され、唇を噛んで黙り込む。
「我らソレイユは、民を見捨てぬ国である」アルフォンス王ははっきりと言葉を落とした。
「それが、王の名にかけて示すべき道だ」
会議室に重々しい沈黙が落ちた。
アルトは深く一礼し、ジークとミナも背筋を伸ばす。
――こうして、ソレイユにおける難民受け入れの第一歩は、ギルドを仲介として始まることとなった。
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