癒やしのひととき
暖かな灯火のともる小部屋に、エリスティアはふらつく足取りで通された。
衣服は破れ、土と血にまみれ、靴は片方が失われていた。王妃を守り切れなかった悔しさと、必死にここまで駆けてきた疲労とが、彼女の肩を重く落としている。
「……こっち座って。無理に立ってたら倒れちゃうよ」
アマネが椅子を引き寄せると、エリスティアは観念したように腰を下ろした。
リュシアは洗面台に水を張り、柔らかな布を浸して持ってくる。
「ね、少し冷たいけど……気持ちいいと思うよ。顔から拭こうか?」
いつもの毅然とした聖女の顔ではなく、友人としての柔らかい声音だった。
布が頬をなぞった瞬間、エリスティアは小さく震えた。
「……ああ、本当に、ひどい顔をしてるわね、私」
「そりゃ、無理もないよ。あんな状況で、よく生きて来れたもん」
アマネが笑いながら肩を叩く。
リュシアは膝をついて手早く傷のある場所を確認し、布で泥を拭いながら小声で言った。
「深い怪我は……ないみたい。よかった。ね、ちょっと服、替えようか」
エリスティアはかすかに首を振った。
「……迷惑をかけるばかりね。もっと強くあれば、あの場で……」
「はいストップ」
アマネが軽く手を挙げて制した。
「また抱え込もうとしてるでしょ。庵で言ったじゃん、なんでも自分で背負わなくていいって」
リュシアも頷く。
「それにね、今回のは“抱える間”もなかったんでしょ? 幽閉が決まって、すぐ逃げなきゃだった。頼れる人がいるって思えたから、真っ直ぐここに来た。それって、すごい成長だと思う」
エリスティアの唇が震えた。
それを隠すようにうつむいたが、ぽとりと涙が落ちる。
「……頼ってもいいのかしら。私なんかが」
「“なんか”とか言わない」
アマネはすぐさま返した。
「エリスティアは私たちの友達でしょ。友達が困ってるのに、手を貸さない理由なんてないんだよ」
そのまっすぐな言葉に、堰を切ったように涙があふれた。
エリスティアは顔を覆い、肩を震わせながら泣いた。
リュシアはそっと背に手を回し、子どもをあやすように撫でる。
「泣いていいんだよ。ここはもう安全だから」
しばらくして、涙が少し落ち着いたころ、リュシアは清潔な衣を差し出した。
「ほら、着替えよう。ボロボロのままじゃ、心まで折れちゃう」
アマネも笑顔を添える。
「着替えたら、きっと少し楽になるよ」
気恥ずかしさに頬を赤らめながらも、エリスティアは二人に身を任せた。
髪をほどき、泥を落とし、布で丁寧に拭われるたび、重かった心が少しずつほどけていく。
「髪、すごくきれいだね。森で育ったエルフだからかな」
リュシアが梳かしながらぽつりと言う。
「……そんな風に言われたの、久しぶり」
「じゃあ、これからは何度でも言うよ。自分を責める暇なんてないくらいにね」
そのやり取りを見て、アマネがくすっと笑った。
「やっぱりリュシアは優しいな。でも今日は私も言わせてもらうよ。よく来てくれたね、エリスティア。頼ってくれて、本当にありがとう」
その言葉に、エリスティアは涙でにじんだ視界のまま、二人を見上げた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう。今度は、最初から頼るわ」
アマネはにっこり笑い、リュシアは静かに頷いた。
二人の間で、エリスティアの心の鎧が、ようやく外れていった。
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