再襲来—評価の影
夕暮れの森。
川辺で身体を拭った女子たちが戻ると、焚き火の赤がゆらめき、男子組が待っていた。
ジークが串を掲げ、にかっと笑う。
「お、やっとか。腹は減るし、夏とは言え森の夜は冷える。遅いぞ」
「効率的に洗ってきたから問題なし!」ミナが胸を張る。
「……効率の意味、絶対違うだろ」カイルが眼鏡を押し上げてぼそりと返す。
焚き火の光の中で、アルトは濡れた髪をかきあげるアマネに目を止めた。
一瞬、何か言おうとした――けれど言葉は出ない。
その視線に気づいたのはアマネだけで、リュシアは変わらぬ微笑で隣に腰を下ろした。
⸻
その空気を、低い唸り声が切り裂いた。
「――来る!」
アルトが立ち上がった瞬間、森影から巨躯が飛び出す。
漆黒の毛並み、牙に瘴気をまとった影狼。
模擬戦で使われるはずのない、中型魔物だった。
「二度目……!?」アマネが息を呑む。
「待ち伏せか」ジークが斧を構え、前へ出る。「上等だ!」
◇
戦いは即座に始まった。
影狼が地を蹴り、ジークに飛びかかる。
「おらぁっ!」
斧と牙がぶつかり、火花が散る。巨体に押し込まれながらも、ジークは踏みとどまった。
「隙を作る!」
カイルが短杖を掲げ、魔法陣を展開。足元の土が粘つき、狼の動きを鈍らせる。
「今!」
「まかせろ!」ミナが閃光玉を叩きつけ、白光が夜を裂いた。影狼が呻き、動きが鈍る。
その瞬間、リュシアが祈りを紡ぐ。
淡い光が仲間の傷を癒す――けれど声色は薄く、温度を欠いていた。
(……まるで、人形みたい)
アマネの胸にざわつきが走る。
「まだだ、早い!」カイルが叫ぶ。
影狼の爪が閃き、アマネへ迫る。
「――っ!」
咄嗟に両手を掲げ、小さな光壁を生み出す。爪が火花を散らし、紙一重で防ぎ切った。
「ナイスだ、アマネ!」ミナが声を上げる。
その背を、アルトが抜けた。
月光を宿した剣を構え、低く呟く。
「……終わらせる」
踏み込みと同時に剣が閃き、影狼の咆哮を切り裂いた。
巨体が揺らぎ、倒れる。
◇
静寂が訪れる。
ジークが斧を地に突き立て、荒い息を吐いた。
「……終わった、か?」
「ふーっ! 全身びしょびしょ! でも最高の連携だったね!」ミナはゴーグルを外し、髪をかきあげる。
「いや、最後はアルトが決めてくれた」カイルが淡々と補足する。
「僕たちが繋いで、アルトが斬り伏せた。理想的な形だ」
アマネは胸を押さえ、息を整えた。
(……みんなで、勝ったんだ)
リュシアは剣を収め、形式的な笑みを浮かべる。けれどその口元は、ほんの僅かに柔らかく揺れた。
小さな円ができ、歓声が弾む。
汗と土の匂い、体中に残る痛み。それでも確かに“仲間と戦い抜いた充足感”があった。
アルトもまた、胸の奥に温かさを覚えていた――
⸻
だが、その輪を切り裂く声が響いた。
「――見事だ、アルト・ソレイユ!」
茂みから現れたのは、鋼の鎧を纏う騎士教官バルド・エッケル。
鋭い眼光と鍛えられた体躯が圧を放つ。
さらにその背後から、黒衣の教授ヘルマン・クロイツァーが現れた。
冷たい視線に、薄い笑みを浮かべて。
「単独で影狼を討ち果たすとは、勇者の器に相応しい!」
バルドの声は森を震わせる。
続けて、ヘルマンが静かに言葉を継いだ。
「聖女の祈りに最も応えたのは、アルト殿下。――光を剣に変える、その才覚こそ王国の未来です」
一瞬、空気が凍った。
ジークが肩を竦める。「まあ、最後はアルトだったしな」
カイルも頷く。「当然の評価でしょう」
「よかったじゃん、アルト!」ミナが無邪気に肩を叩く。
リュシアは形式的に微笑み、「おめでとうございます」と静かに告げた。
アマネは口を開きかけ――けれど、声は出なかった。
(違う……みんなで、勝ったのに)
仲間たちがそれぞれに喜ぶ中、アルトは「ありがとう」と答えようとして――言葉が詰まった。
(……なぜ俺だけ評価される?)
胸の奥に、ざらついた違和感が重く沈んでいく。
夏の夜風が吹き抜け、焚き火の炎が大きく揺れた。
ありがとうございます。ここから評価の揺れに入ります。引き続き不定期・毎日目標で更新します。




