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再襲来—評価の影

夕暮れの森。

川辺で身体を拭った女子たちが戻ると、焚き火の赤がゆらめき、男子組が待っていた。

ジークが串を掲げ、にかっと笑う。

「お、やっとか。腹は減るし、夏とは言え森の夜は冷える。遅いぞ」

「効率的に洗ってきたから問題なし!」ミナが胸を張る。

「……効率の意味、絶対違うだろ」カイルが眼鏡を押し上げてぼそりと返す。

焚き火の光の中で、アルトは濡れた髪をかきあげるアマネに目を止めた。

一瞬、何か言おうとした――けれど言葉は出ない。

その視線に気づいたのはアマネだけで、リュシアは変わらぬ微笑で隣に腰を下ろした。

その空気を、低い唸り声が切り裂いた。

「――来る!」

アルトが立ち上がった瞬間、森影から巨躯が飛び出す。

漆黒の毛並み、牙に瘴気をまとった影狼。

模擬戦で使われるはずのない、中型魔物だった。

「二度目……!?」アマネが息を呑む。

「待ち伏せか」ジークが斧を構え、前へ出る。「上等だ!」

戦いは即座に始まった。

影狼が地を蹴り、ジークに飛びかかる。

「おらぁっ!」

斧と牙がぶつかり、火花が散る。巨体に押し込まれながらも、ジークは踏みとどまった。

「隙を作る!」

カイルが短杖を掲げ、魔法陣を展開。足元の土が粘つき、狼の動きを鈍らせる。

「今!」

「まかせろ!」ミナが閃光玉を叩きつけ、白光が夜を裂いた。影狼が呻き、動きが鈍る。

その瞬間、リュシアが祈りを紡ぐ。

淡い光が仲間の傷を癒す――けれど声色は薄く、温度を欠いていた。

(……まるで、人形みたい)

アマネの胸にざわつきが走る。

「まだだ、早い!」カイルが叫ぶ。

影狼の爪が閃き、アマネへ迫る。

「――っ!」

咄嗟に両手を掲げ、小さな光壁を生み出す。爪が火花を散らし、紙一重で防ぎ切った。

「ナイスだ、アマネ!」ミナが声を上げる。

その背を、アルトが抜けた。

月光を宿した剣を構え、低く呟く。

「……終わらせる」

踏み込みと同時に剣が閃き、影狼の咆哮を切り裂いた。

巨体が揺らぎ、倒れる。

静寂が訪れる。

ジークが斧を地に突き立て、荒い息を吐いた。

「……終わった、か?」

「ふーっ! 全身びしょびしょ! でも最高の連携だったね!」ミナはゴーグルを外し、髪をかきあげる。

「いや、最後はアルトが決めてくれた」カイルが淡々と補足する。

「僕たちが繋いで、アルトが斬り伏せた。理想的な形だ」

アマネは胸を押さえ、息を整えた。

(……みんなで、勝ったんだ)

リュシアは剣を収め、形式的な笑みを浮かべる。けれどその口元は、ほんの僅かに柔らかく揺れた。

小さな円ができ、歓声が弾む。

汗と土の匂い、体中に残る痛み。それでも確かに“仲間と戦い抜いた充足感”があった。

アルトもまた、胸の奥に温かさを覚えていた――

だが、その輪を切り裂く声が響いた。

「――見事だ、アルト・ソレイユ!」

茂みから現れたのは、鋼の鎧を纏う騎士教官バルド・エッケル。

鋭い眼光と鍛えられた体躯が圧を放つ。

さらにその背後から、黒衣の教授ヘルマン・クロイツァーが現れた。

冷たい視線に、薄い笑みを浮かべて。

「単独で影狼を討ち果たすとは、勇者の器に相応しい!」

バルドの声は森を震わせる。

続けて、ヘルマンが静かに言葉を継いだ。

「聖女の祈りに最も応えたのは、アルト殿下。――光を剣に変える、その才覚こそ王国の未来です」

一瞬、空気が凍った。

ジークが肩を竦める。「まあ、最後はアルトだったしな」

カイルも頷く。「当然の評価でしょう」

「よかったじゃん、アルト!」ミナが無邪気に肩を叩く。

リュシアは形式的に微笑み、「おめでとうございます」と静かに告げた。

アマネは口を開きかけ――けれど、声は出なかった。

(違う……みんなで、勝ったのに)

仲間たちがそれぞれに喜ぶ中、アルトは「ありがとう」と答えようとして――言葉が詰まった。

(……なぜ俺だけ評価される?)

胸の奥に、ざらついた違和感が重く沈んでいく。

夏の夜風が吹き抜け、焚き火の炎が大きく揺れた。


ありがとうございます。ここから評価の揺れに入ります。引き続き不定期・毎日目標で更新します。


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