国境にて—再会と急報
ソレイユ王国の北東、ルナリアとの国境を守る詰所。その夕刻の空気は、冬の冷たさを含んで鋭く張りつめていた。そこへ、血と泥にまみれた一人のエルフが駆け込んだ――エリスティアだった。
息は荒く、衣服は裂け、肩口には焼け焦げたような痕が残る。追ってきた魔物の爪痕か、それとも――。
「勇者の仲間……アマネ・シルヴァンを知っている。どうか、彼らに伝えて……」
そう言ったきり、彼女は意識を失い、詰所の兵士たちに抱えられて倒れ込んだ。
急報は、王都に直ちに届けられた。
報せを受けたアルトの胸は、鋭い棘で刺されたように痛んだ。
エリスティアは外交の相手であり、かつて共に学んだ仲間でもある。彼女が自ら国境を越えてまで駆け込んできたという事実――それはただ事ではない。
(ルナリアで、何かが……)
すぐさま出立を決めたアルトに、「私も行く」と強い声で告げたのはアマネだった。
友を思う気持ちと、勇者としての責務。その両方が、彼女の中で揺るぎない形となっていた。
「外交の場に武は不要だ」
「でも、エリスティアは戦ってきたはずだよ。彼女を迎えるのに、剣を抜いた者の気持ちが分かる人が、必要だと思う」
その言葉に、アルトは小さく頷いた。
言葉だけでは救えないものを、アマネが補ってくれる――それを理解していた。
詰所に到着したとき、火の灯る室内には、ベッドに横たわるエリスティアの姿があった。
薄い毛布の下で細い肩が震えている。呼吸は荒く、額には冷や汗が浮かんでいた。
アマネはすぐに彼女の傍らに膝をついた。
「……エリスティア」
そっと手を握る。指先は冷たく、けれど握り返す力がかすかに伝わってきた。
瞼が重そうに持ち上がり、彼女の金の瞳がアマネを映した。
「……アマネ……本当に……」
「うん、私だよ。よく……生きて戻ってきたね」
その一言に、エリスティアの強張っていた表情がわずかに揺らぎ、安堵の涙が目尻に滲んだ。
アルトはその様子を見守りながら、静かに問いかける。
「何があった? ルナリアで」
エリスティアは、掠れる声で断片的に語り始めた。
「……人が……依代にされ……完全に、変貌して……。村が、滅んで……」
言葉を紡ぐたび、体が震える。
彼女の脳裏に焼きついているのは、友や隣人が怪物と化す光景だったのだろう。
アマネは手を強く握りしめた。
(自分が戦ったときの“依代”とは比べ物にならない。完成形……?)
「……王妃フローラ様も、異を唱えて……幽閉され……」
そこで、彼女の声は途切れ、全身の力が抜けるように目を閉じた。
アマネは慌てて抱きとめ、耳を寄せる。呼吸は弱いが、確かに生きている。
その事実に胸を撫で下ろすと同時に、心の奥から込み上げるものを抑えきれなかった。
「エリスティア……もう大丈夫。私たちがいるから」
その声は、まるでかつて庵でルシアンやアサヒに掛けてもらった温もりを、そのまま受け継いだような響きを持っていた。
アルトは深く息を吐き、決意を固める。
――依代化の完成、王妃の幽閉。
これは外交の域を超え、国家存亡に関わる危機だ。
「アマネ、彼女を安全に王都へ運ぶ。ここから先は、一刻の猶予もない」
「うん。……私たちで守ろう」
二人の視線が重なる。その瞳の奥には、かつて学生だった頃にはなかった強さと覚悟が宿っていた。
こうして――ルナリアの惨状を背負ったエリスティアは、ソレイユ王国の地で再び仲間と交わり、物語は新たな局面へと踏み出す。
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