森の夜—男子編
焚き火の赤い炎がぱちぱちと弾け、肉の焼ける匂いが漂う。ジークが斧を片付けて豪快に笑った。
「ふーっ! 汗でべとついて仕方ねえな。川で水浴びでもしたいとこだが……もう暗いか」
「そもそも、女性陣が先に川へ行ったでしょう。まだ着替えているかもしれません」
カイルが淡々と口を挟む。羊皮紙を折り畳み、眼鏡を押し上げた。
「不用意に近づけば迷惑です。安全面以前に、礼儀の問題ですよ」
「……ったく、理屈っぽいなぁ」ジークが呆れ顔をする。
「正論です」カイルは微動だにせず言い切った。
二人のやり取りに、アルトが小さく笑った。だがその笑みは長く続かず、すぐに陰を帯びる。
「……皆、強いな」
「何だよ、殿下らしくねえな」ジークが怪訝そうに振り返る。
アルトは火を見つめたまま、言葉を探すように間を置いた。
「今日……剣を振ったとき、ほんの一瞬、ためらった。王子としては失態だ」
「誰だって初陣では揺れるものです」カイルが即答する。「むしろ、揺れを自覚できる方が健全です」
「そうかな……」アルトは自嘲気味に笑う。
火が弾けて、小さな火の粉が夜空に消えた。
ジークが骨付き肉を豪快にかじりながら言う。
「殿下は強えよ。剣筋見りゃ分かる。だがな……戦いは腕力だけじゃねえ。腹の座り方がすべてだ」
「腹の座り方?」
「ああ。俺は貴族だけどよ、身分なんざ関係ねえ。いざって時、守りたいもんがあるかどうか。それだけだ」
アルトは目を伏せ、しばらく沈黙した。焚き火の光が頬を照らし、揺れる影がその心の迷いを映しているようだった。
カイルは眼鏡を押し上げながら、その横顔を観察する。
(……揺れている。聖女の伴侶に相応しいとされる彼が、こんなにも)
だが言葉にはしなかった。ただ静かに火に木をくべ、炎の音を聞いていた。
⸻
夜が深まる。女子たちの笑い声が遠くからかすかに聞こえてきた。
ジークはにやりと笑って、肉の骨を投げ入れた。
「元気だな、あっちも」
「……そうだな」アルトは小さく答えた。
その声に、ほんのわずかな羨望が混じっていることを、カイルは聞き逃さなかった。
読了感謝!男子側の夜パートでした。更新は不定期・毎日目標。ブクマ&感想いただけると嬉しいです。




