森を覆う影
冬の冷気を含んだ風が、北部の森を揺らしていた。
アマネたちは厚手の外套に身を包み、雪を踏みしめながら進む。先頭を歩くのはジーク、その隣にミナ。後ろからはリュシアとエリスティア、そして若いギルド員ロイクが続く。
「……空気が重いな」ジークが眉をひそめる。
「魔物の気配が濃い。まるで森そのものがざわめいているみたい」リュシアの声は張り詰めていた。
森の奥から、不意に低い唸り声が響いた。
「来るぞ!」アマネが叫ぶ。
雪原を裂くように飛び出してきたのは、群れをなす黒い影――影狼だ。通常なら十頭前後の群れだが、目の前に現れた数は倍以上。影と同化するように姿を揺らし、赤い眼光だけが浮かんでいる。
「多すぎる……!」ロイクが息を呑む。
「怯むな、前衛は私とアマネが受ける!」ジークが盾を構えた。
金属と影がぶつかり、火花が散る。ロイクも必死に剣を振るい、影狼の牙を弾いた。
その背を守るように、ミナが小型の魔導銃を放つ。光弾が飛び、影の肉体を抉る。
「ロイク、踏ん張って!」
「わ、わかってます!」
若い声に必死さが混じる。アマネは横合いから飛びかかってきた影狼を一刀で薙ぎ払いながら、ロイクの動きを目で追った。
(……守ってやりたい。だけど、信じなきゃ)
かつて自分も、庵の森で同じように戦いを学んだ。その時に見守ってくれたルシアンとアサヒの姿が脳裏をよぎる。
後方では、リュシアが結界を展開し、エリスティアが矢を放って援護する。矢は淡い光を帯び、影を穿った。
「まだ湧いてくる……!」ミナが歯噛みする。
雪を蹴って再び十数頭が飛び出してきた。息を整える暇もない。
「……これは異常繁殖だな」ジークが低く呟く。
「うん、自然のバランスを崩す“何か”がある」リュシアの視線は森の奥へ向けられる。
戦いは一進一退だったが、影狼の数はやがて減り始めた。最後の一頭をアマネが斬り伏せたとき、森に静寂が戻る。
積み重なった黒い死骸を前に、ロイクが肩で息をしながら呟いた。
「……これが、スタンピードの前触れ……?」
「まだ確証はない。でも、群れの規模は明らかにおかしい」エリスティアの表情は険しい。
「このまま放っておけば、森全体が飲み込まれるかもしれないわ」リュシアも頷いた。
ミナが手帳を取り出し、魔物の数と特徴を記録していく。
「報告は必要だね。でも、それだけじゃ済まない気がする。私たちで奥を確かめるべきだと思う」
アマネは深く息を吐き、仲間たちを見渡した。
戦いの余韻で雪上に白い蒸気が立ちのぼる。影狼の赤い瞳の残像がまだ網膜に焼き付いていた。
「行こう。真実を確かめるのは、私たちの役目だ」
誰も反論はしなかった。冷え切った空気の中、それぞれの決意だけが静かに燃えていた。
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