大規模調査の洗礼
冷たい風が森を抜ける。北部の鬱蒼とした樹々の間を、六人の影が進んでいた。アマネ、リュシア、ジーク、ミナ、エリスティア、そして若きギルド員のロイク。彼にとって、この規模の任務は初めてだった。
(……息が早いな。落ち着け。国内の依頼は何度もこなしてきただろう)
これまでロイクは、街道沿いの魔物退治や商隊の護衛任務で着実に経験を積んできた。だが今回は違う。ギルドとして正式に国境に近い森へ派遣される、重い責任を伴う調査依頼だ。報告次第では、両国の外交にすら影響を及ぼしかねない。緊張しないはずがなかった。
「顔が強張っているわよ、ロイク」
背後からかけられたのはリュシアの穏やかな声だった。振り返ると、彼女は凛とした眼差しで微笑んでいる。その姿は聖女と呼ばれるにふさわしく、ただそこに立つだけで心を支えてくれるようだった。
「だ、大丈夫です! はい!」
慌てて答えると、アマネが小さく吹き出した。
「無理に強がらなくてもいいよ。私たちだって最初は怖かったんだから」
その言葉に少し肩の力が抜ける。勇者の彼女ですら、かつては恐怖に震えていたのだと思うと、不思議と勇気が湧いてきた。
「前方に反応あり」
ジークが短く告げ、手で合図する。ミナが携えた装置が淡い光を放ち、反応の数を示す。
「四体。散開してるけど、動きが妙に統率されてるわ」
エリスティアの耳がぴくりと動き、鋭い視線を森に向けた。普段は柔らかな雰囲気の彼女も、この場では冷徹な戦士の顔になる。
「ロイク、前衛を頼む。俺と一緒に受け止めよう」
ジークの声に、ロイクは盾を握りしめた。これまで幾度となく磨いてきた愛用の盾。その重さが今は心強い。
「了解、任せてください!」
茂みから現れたのは、牙を剥いた巨大な狼型魔物だった。四体が同時に飛びかかってくる。ロイクは咆哮に思わず足を竦ませそうになったが、ジークの声が飛ぶ。
「恐れるな! 俺が横を抑える!」
その言葉で我を取り戻し、盾を前に突き出す。衝撃が全身を貫くが、踏みとどまった。横からジークの剣が閃き、魔物の体勢を崩す。
「今です!」
ミナの叫びと同時に、仕込んでいた魔力弾が炸裂し、リュシアの詠唱した聖光が追撃する。最後にアマネの剣が駆け抜け、狼が地に沈んだ。
だが、すぐに別の個体がロイクの死角から迫る。
(やばい――!)
反応が遅れた瞬間、エリスティアの矢が鋭く飛び、魔物の足を射抜いた。呻く魔物を、ロイクは必死に盾で押し返す。
「いい判断だ、ロイク!」
「い、いや、俺はまだ……!」
彼の声は震えていたが、確かに仲間と連携して魔物を退けた。その事実が胸を熱くする。
やがて最後の一体が倒れ、森に静けさが戻った。息を整えながら、ロイクは膝をつく。全身汗でぐっしょりだが、不思議と心地よい疲労感だった。
「……これが“大規模調査”か。やっぱり、重みが違うな」
呟くと、アマネが隣に腰を下ろした。彼女は泥だらけのロイクの手をそっと取り、にっこり笑う。
「よく踏ん張ったね。最初から完璧なんて無理。でも、今日のあなたは確かに仲間を守ってたよ」
リュシアも頷き、落ち着いた声で続ける。
「恐怖を知ってなお立ち向かえる。それが“勇気”よ。あなたは今日、その一歩を踏み出したわ」
その言葉に、ロイクの目頭が熱くなる。自分はまだ未熟だ。だが、仲間と共になら進んでいける。そう心から思えた。
森の奥にはまだ調査すべき気配が残っている。大きな戦いはこれからだ。けれど、ロイクにとって今日の戦いは、かけがえのない「洗礼」となった。
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