王妃の依頼—異変の調査
玉座の間を後にし、王宮の奥へと導かれる。謁見の緊張感がまだ肌に残る中で、アルトは深く息を整えた。
「こちらへどうぞ」
案内役を務めるフローラ王妃が振り返る。その横顔には、謁見の場で毅然と夫を諫めた気迫は薄れ、代わりに人懐こい微笑みが浮かんでいた。
通されたのは、豪奢ではあるが過度な装飾を避けた別室だった。窓辺には果実水と軽い茶菓子が並べられ、王妃の人柄を思わせる温かみのある空気が漂う。
「謁見の緊張を和らげてください。ここからは腹を割って話したいのです」
フローラの声音に、アマネとリュシアが同時に頷いた。
やがて扉が再び開く。入ってきたのは、深緑のマントを纏ったエリスティアだった。
「……!」
アマネが立ち上がるより早く、エリスティアの瞳が仲間を捉え、柔らかく細められる。
「久しぶりね。ソレイユの皆がこうして来てくれて、心強いわ」
その声には疲労が滲んでいたが、誇り高さを失ってはいなかった。
簡単な挨拶の後、フローラが本題を切り出す。
「エリスティア、あなたが追っている件を、彼らにも伝えてほしい」
エリスティアは一度深呼吸をしてから口を開いた。
「……ここ一か月、各地で亜人が突然暴走する事例が増えているわ。共通点はまだ掴めていない。でも、まるで“人が別の何かに変わってしまう”ような現象……私も、実際に目の前で見た」
その言葉に、一同の表情が強張る。
「戦ったの?」とアマネが問う。
「ええ。誇りにかけて挑んだけれど、あれは……人の力でどうにかできるものではなかった。撤退が精一杯だった」
わずかに声が震えた。だがその瞳は、逃げたことを恥じず、仲間に託そうとする強さを湛えていた。
ジークが腕を組み、低く唸る。
「それを“依代化”と呼んでいいかは分からねぇが、放置はできないな」
彼の隣でリュシアが静かに祈るように手を組む。
「放置すれば、民が犠牲になる。……私たちの出番ですね」
フローラがその言葉を受け、真剣な眼差しで一行を見渡した。
「だからこそ、正式にお願いしたい。ソレイユのギルドに、調査の依頼を出させてほしいのです」
空気が一瞬止まった。王妃の口から“依頼”という言葉が出たことの意味は重い。
アルトが慎重に問い返す。
「依頼、という形で……ですか?」
「ええ。王としてではなく、王妃として、ひとりの“国民を守る者”として。国境を越えて活動するためには、形が必要でしょう。ならばギルドに依頼するのが最も自然です」
フローラの言葉には、政治的計算と同時に、真摯な思いが込められていた。
ジークが息を吐き、力強く頷く。
「わかった。俺たちギルドが受ける。……ただし、これは遊びじゃねぇ。危険はでかい」
エリスティアが彼を真っ直ぐに見返し、静かに微笑んだ。
「承知しているわ。けれど、あなたたちだからこそ託せる」
アマネとリュシアも前に出る。
「私たち勇者と聖女も、一緒に歩むよ」
「ええ。誰か一人に背負わせない。それが私たちの信じる道だから」
二人の声が重なり、別室の空気が一層引き締まった。
アルトは最後に言葉をまとめる。
「では、王妃フローラ殿の依頼として、ギルドが正式に調査を担う。その形でソレイユに報告し、越境の承認を取り付けます」
フローラが深く頷き、手を胸に当てた。
「どうか、ルナリアを……そしてこの国の民を、救ってください」
その祈りにも似た言葉が、使節団の胸に刻まれた。
こうしてギルドは、初めて国境を越える“正当な使命”を得る。
新たなる試練の幕が、静かに上がろうとしていた。
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