森の夜—川辺の囁き
夕陽が森の木々の間から差し込み、斜めの金色が地面を染めていた。
昼間の戦闘の余韻がまだ体の奥に残っている。汗と土と血の匂い。呼吸を整えても、緊張は抜けない。
「今日はここで野営だな」ジークが斧を肩に担ぎ、木を切り倒して簡易の焚き火場を作り始めた。
「効率は正義! 薪は私がまとめる!」ミナがゴーグルを下ろし、手際よく枝を束ねていく。
カイルは羊皮紙を広げ、方位と地形を確認していた。
「水場が近い。このあたりなら夜襲も防げるでしょう」
アマネは頷き、森の奥から聞こえる水音に足を向ける。リュシアも静かに後ろについた。
川辺は夕陽で銀色に光っていた。水面に映る木々がゆらゆら揺れる。
「よし! ここで身体を拭こう。汗と泥は疲労の元だよ」ミナが腰に手を当て、先に口火を切った。
「えっ、川で? 服どうするの?」アマネが思わず身を縮める。
「脱ぐしかないでしょ。ほら、さっさと!」ミナは外套を脱ぎ、腰に巻いた布だけ残してちゃぷんと足を浸した。
アマネは顔を赤らめたまま立ち尽くす。
「……やっぱり、恥ずかしい……」
リュシアが振り返り、凛とした声で言う。
「嫌なら無理をなさらなくても」
その笑みは柔らかいが、どこか“作られた”形だった。
アマネはぎゅっと拳を握りしめる。
「……入ります」
恐る恐る足を浸けると、冷たい水が一気に脚を包み、思わず声が漏れた。
「きゃっ……!」
「ほら、いい反応!」ミナが大笑いする。
リュシアも小さく肩を揺らした。
「……本当に自由ですね、あなたたちは」
川の水で頬を濡らしながら、アマネはふと物憂げに目を伏せた。
「……庵で水浴びしたときのこと、思い出しちゃって」
あのときは桶と布巾だけで、笑い合いながら。恥ずかしくなんてなかったのに。今は胸がきゅっとする。
その横顔を見たリュシアは、一瞬だけ硬い表情を崩し、静かに手を差し伸べた。
「仲間がいるから、大丈夫ですよ」
アマネはその手を受け取り、小さく頷いた。胸の奥に、温かさが広がっていく。
帰り道。空は群青に染まり、森の奥から虫の音が聞こえていた。
アマネはふと隣を歩くリュシアに声を落とす。
「……アルト殿下、さっき剣を振るった時、少し迷ってた」
リュシアの横顔が一瞬だけ強張った。すぐに微笑に戻ったが、声は真剣だった。
「……気づいたのですね。私も、同じものを感じました」
「殿下は、強い。でも……心の奥が揺れてる気がする」
「ええ。あの方が本当に勇者なのか――答えは、まだ分かりません」
二人の間に短い沈黙が落ちた。だがそれは不安ではなく、確かめ合うような静けさだった。
「さ、戻りましょう」リュシアが歩を早める。
「うん」アマネも頷いた。
焚き火の赤い灯りが見えてくる。そこにはジークとカイル、そして少し疲れた表情のアルトが待っていた。
ありがとうございます。入浴を含む日常描写の回です(R15想定の範囲内)。明日も載せていきます。




