小さな依頼—大きな一歩
ジークのギルド事務所は、相変わらず小ぢんまりとしていた。
だが、掲げられた依頼掲示板には、数枚の羊皮紙が貼られている。
「……今日は思ったより来てるな」
ミナが目を丸くする。
そこには、市場の老婆が書き記した「荷車護衛依頼」、小さな村の少年が震える手で書いた「父を探してほしい」、職人組合からの「運河沿いの作業場の安全確保」と三つの依頼が並んでいた。
ジークは腕を組み、ひとつひとつ読み上げる。
「荷車は市場までの護衛……魔物は牙ウサギ。父親の件は薬草採りに行って戻らない。職人組合は作業場近くにコボルトの群れか」
「どれも勇者や聖女が出るまでもない案件ね」
ミナが小さく微笑む。
「だからこそ、ギルドの出番なんだわ」
ちょうどそこへ、冒険者登録を済ませたばかりの新顔が顔を出した。
茶髪を短く刈り込んだ青年で、年は二十そこそこ。
「俺も手伝わせてください! 剣の腕は未熟ですけど、力仕事なら任せてほしい!」
名はロイク。鍛冶職人見習いから転じて冒険者となったばかりだ。
ジークは一瞬考え、うなずいた。
「よし、今日は三手に分かれる。俺とロイクで荷車護衛、ミナは組合の依頼を調整。子どもの依頼は……」
その時、ドアがきぃと開き、黒髪の少女が顔を出した。
「お手伝いしましょうか?」
アマネだった。後ろにはリュシアの姿もある。
「勇者様に聖女様……!?」とロイクが狼狽えるが、アマネは首を振った。
「今日はギルド員として。肩書きじゃなく、できることをしたいの」
リュシアも微笑む。
「行方不明者の捜索なら、治癒と浄化の術も役立つはずです」
こうして初めての本格的な「ギルド出動」は三手に分かれた。
——
その日の夕刻。
荷車は無事に市場へ着き、老婆は涙を流して礼を述べた。
「勇者様じゃなくても、ちゃんと守ってくださるんだねぇ……」
その言葉は、通りすがりの市民の耳にも届く。
薬草採りの父親は、足を滑らせて谷底近くに倒れていたところを、アマネとリュシアが救い出した。少年は父にしがみつき、泣きながら「ギルドに頼んでよかった」と繰り返す。
職人組合の依頼も、ミナが現場で知恵を出し、罠を仕掛けてコボルトを退けることに成功した。
大柄な親方は腕を組みながら「ギルドってのは口先じゃなく、実際に動ける連中だな」と感心する。
——
夜、ギルドに戻った仲間たちは、簡素な机を囲んで報告を共有した。
ジークは、ふっと息を吐く。
「勇者や聖女じゃなくても、人は助けられる。それを俺たちが証明したんだ」
ミナはにこりと笑う。
「小さな依頼でも積み重ねれば、大きな力になるわ」
アマネが頷く。
「今日の感謝の声は、ギルドの未来を作る一歩だね」
蝋燭の火が揺れる中、確かに芽吹いた新しい動き。
それはソレイユ王国で、少しずつ無視できない存在になりつつあった。
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