夜の灯りの下で
囲炉裏の火は、ぱちりと音を立てて小さな火花を散らしていた。
庵の夜は森よりも静かで、風の音さえ遠い。
眠りにつけず、廊下を歩く足音。
戸口に現れたのはエリスティアだった。
裾を握りしめていた手を離し、少し戸惑いながら広間に入る。
「……眠れなくて」
その声に応えたのはアマネだった。
「大丈夫。こっちにおいで」
囲炉裏の横で座っていた彼女が、隣を示す。
リュシアも微笑み、湯を注いだ木の杯を差し出す。
「温かいものを飲めば、少し楽になるよ」
エリスティアはおずおずと腰を下ろした。
両隣にアマネとリュシア。
向かいには、黙って見守るルシアンとアサヒ。
四方を囲まれた瞬間、ようやく体の震えが少し収まった。
「……不思議です」
エリスティアが呟く。
「庵に入ってから、森にいるのに森以上に落ち着くような……
まるで心を見透かされているみたいで」
ルシアンは頷くだけだった。
アサヒが優しく添える。
「ここでは、無理に取り繕う必要はありません。
話したいことだけ、話せばいいの」
囲炉裏の灯が揺れた。
沈黙が背を押す。
エリスティアは杯を強く握り、唇を噛む。
「……ルナリアで、人が──」
声が震え、瞳が揺れる。
「人が、突然“何か”に変わるのを……目の前で見たの」
火の音が一瞬遠ざかったように感じられた。
アマネが息をのむ。
リュシアは迷わず手を取り、指先でそっと温もりを伝える。
「……立ち向かったけれど、こっちの攻撃が届く前に……全てが呑み込まれて……」
「……怖かったんだね」
アマネの声は静かで真っ直ぐだった。
「よくここまで来た」
リュシアは囁くように言った。
エリスティアの肩が震え、とうとう涙がこぼれる。
そのしずくは杯の縁に落ち、湯気とともに消えた。
ルシアンがそこで低く言葉を置いた。
「続きは……焦らずでいい。今は眠りなさい」
アサヒも微笑みを添える。
「ここなら、どんな夢を見ても大丈夫」
エリスティアは二人の手を握ったまま、かすれた声で答える。
「……ありがとう」
囲炉裏の灯は揺れながら、彼女の頬を優しく照らしていた。
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