庵の扉をくぐる
森の奥へ進むにつれ、空気の密度が変わっていくのが分かった。
ひときわ背の高い樹々に囲まれた道は、まるで人を選ぶように静まり返っている。
「……ここが、シルヴァンの庵……」
エリスティアは立ち止まり、深呼吸した。肺に広がるのは、冷たさよりも柔らかさ。
森に慣れ親しんだ彼女でさえ、どこか異質で、不思議に落ち着く気を感じ取っていた。
やがて、苔むした石段の先に木造の建物が見えた。
その前で待っていたのは、白髪の男と黒髪の女性──ルシアンとアサヒだった。
「ようこそ。我が庵へ」
ルシアンの声は穏やかだが、森と同じく芯のある静けさを帯びていた。
「娘の友を迎えられること、喜ばしく思います」
アサヒが微笑み、軽く頭を下げる。
エリスティアは慌てて礼を返した。
「突然のお願いを受け入れていただき、感謝します」
庵の扉をくぐると、外の冷気が嘘のように和らいだ。
木の香りと焚かれた香草の匂い。
床に座ると、全身が土に還るような感覚に包まれる。
「不思議な……気配ですね」
思わず吐露すると、ルシアンが静かに頷いた。
「森も人も、ここでは仮面を脱ぐのです。そうした時に見える姿こそ、本当の自分かもしれません」
アサヒが湯気立つ茶を差し出し、柔らかな声を添える。
「無理に語らなくても構いません。けれど……話したくなった時は、ここなら誰も遮りませんよ」
その言葉に、エリスティアの肩の力がわずかに抜ける。
緊張を解こうとする二人の気配が、ゆっくりと心に沁み込んでいくのを感じた。
「……ありがとう」
小さな声だったが、彼女にとっては初めて庵が“安らげる場所”に変わった瞬間だった。
外では風が梢を揺らし、森が彼女の来訪を祝福するようにざわめいていた。
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