それぞれの歩み
乾杯を重ねるうちに、テーブルの空気はどんどん柔らかくなっていった。
銀の盆に乗せられたワインは、給仕が次々と注いで回る。
グラスを傾けるたび、赤い液面が炎に揺れ、仲間たちの頬をわずかに赤く染めていた。
アマネはグラスを指先でくるりと回し、少し視線を落とす。
「……三年前、勇者って呼ばれるようになってから、ずっと考えてた。人を守るって、どういうことなんだろうって」
自然と輪が静まった。
彼女はゆっくり言葉を探すように続ける。
「剣を振るうだけじゃ、救えない人もいる。誰かの悲しみを全部取り除くなんて、きっとできない。それでも──戦場で仲間の背を見て、街で必死に働く人を見て、ああ、この人たちの笑顔を守りたいんだって思ったの。勇者だから、じゃない。ただ、アマネとして」
ジークが眉を上げて「真面目だな」と茶化そうとしたが、声にはしなかった。
リュシアがそっとグラスを置き、言葉を重ねる。
「私も同じ。聖女として祈る日々の中で、人の声に触れ続けた。癒してほしいという願いだけじゃなく、不安や怒りを吐き出す声もあった。笑顔の裏にある涙を、私は隠しきれなかったの」
一度言葉を切り、深呼吸する。
「だからこそ気づいたの。私にできるのは、大きな力じゃなく、小さな灯火を守ること。たとえ揺らいでも消えない光を、人と人の間につなぐこと」
静けさが落ち、六人は自然に頷き合った。
アマネが照れ笑いを浮かべる。
「……なんだか語りすぎちゃったね」
「ほんとだよ、勇者様と聖女様の説法で酔いが回る」ジークが笑いながらグラスを掲げる。
アマネも笑って肩をすくめた。
「じゃあ、ジーク。今度はあなたの番だよ。ギルド、どうなってるの?」
唐突に名を出され、ジークは一瞬きょとんとしたが、すぐに口元をつり上げた。
「……おう、任せとけ。ここからは俺の話だ」
空気が少しずつ切り替わる。
勇者と聖女の想いを受け止めた仲間たちは、次にジークとミナの挑戦へと耳を傾け始めていた。
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