前夜の灯—それぞれの未来へ
学園の一日は、長くて短い。
春から始まった三年間が、明日で一区切りを迎える――そう思うと、談話室に集まった六人の胸には、自然と名残惜しさが広がっていた。
夜も更け、寮の他の生徒たちはすでに就寝している。
静かな空気を切るように、暖炉の火がぱちりと音を立てた。炎のゆらめきが、彼らの影を壁に映す。
アマネがマグカップを両手で抱え、ぽつりと口を開いた。
「……明日で卒業なんだね。まだ実感わかないけど」
「お前が一番騒いでたのにな」ジークが茶化すように笑う。
アマネは頬をふくらませ、「だって楽しかったんだもん」と小さく言い返した。
けれど、その目は真剣だった。
「勇者って呼ばれるの、やっと受け止められるようになった。でも、私一人でどうこうできるわけじゃない。……だからこれからも、みんなと一緒に戦いたい。そう思ってる」
炎の赤に照らされながら、彼女の言葉は素直に胸に落ちていく。
リュシアが静かに頷いた。
「……私も。聖女と呼ばれるのが怖かった頃は、もう戻りたくない。でも、今なら言えるの。私は聖女である前に、人を守りたいただの女の子。祈りも、戦いも、全部……自分で選ぶ」
凛とした声に、誰もが思わず視線を向けた。
かつて“人形”と呼ばれた少女の瞳が、今は温かく輝いている。
「なら俺は――」ジークが真剣な顔で言葉を継ぐ。
「ギルドを作る。貴族も市民も関係ない、人が人を守り合える仕組みを作るんだ。魔物が増えてきてるこの時代、必要になるはずだ」
ミナが隣でぱっと笑顔になった。
「いいじゃん!じゃあ私はジークの右腕!……ってだけじゃなくて、私の発明でギルドを便利にするのも夢かな。戦うだけじゃなく、日常を守れるものを作りたいんだ」
「それは頼もしいな」カイルが眼鏡を押し上げる。
「俺は……教会を変える。掟に縛られるんじゃなく、人の心に寄り添える教会に。父に言われたことをなぞるだけじゃなく、自分の答えを出したい」
その言葉には、これまで見え隠れしていた迷いはなかった。
アルトが最後に口を開いた。 「俺は勇者じゃなくてもいい。アマネが勇者なら、俺は兄レオンと共に、国を豊かに導く者になる。民が誇りを持って生きられるようにする――それが俺の道だ」
暖炉の火が彼の横顔を照らした。嫉妬も迷いもそこにはなく、ただ静かな覚悟だけがあった。
アマネは少し驚いたように彼を見つめ、やがて柔らかく微笑む。 「……うん、アルトがいてくれるなら、きっと大丈夫。私も負けないよ」
ジークがわざとらしく咳払いをした。
「ったく、真面目な話ばっかで湿っぽいな。未来のことは明日からでも考えられる。今は……最後の夜を楽しもうぜ」
「そうね!」ミナが勢いよく立ち上がる。
「来年の今頃、どんな自分になってるか、ちゃんと報告し合えるように頑張ろう!」
リュシアも頬を赤らめながら微笑んだ。
「……うん。未来を語れる夜を、きっとまた」
炎の光に照らされ、六人の笑顔が浮かぶ。
誰もがそれぞれの道を胸に描き、同じ時間を共有している。
外の窓からは春の星が瞬き、まるで彼らの未来を祝福するように輝いていた。
卒業式を迎える前夜――。
それは、新たな旅立ちの決意を刻む夜となった。
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