嵐の前 ―赤き影
夏至が近づき、学園の空は曇りがちになっていた。湿った風が渡り廊下を吹き抜け、生徒たちの間に微妙なざわめきを運んでくる。
「次の月例訓練は、三クラス混合での模擬戦とする」──教師の告知が広まったからだ。
模擬戦。
三か月間の座学と訓練の成果を、班ごとに示す舞台。
勝敗はあくまで学びのため、と説明された。だが、実際には貴族や派閥の評価の場でもあった。
「やっぱりA組が有利だろ」
「勇者殿下と聖女様が一緒なんだから、決まりきった茶番だ」
「C組? 荷物持ち要員さ」
そんな声があちこちで交わされる。
湿った空気の中で、重たい予感だけが膨らんでいく。
その日の午後、中庭に人だかりができていた。
中心に立っていたのは、燃えるような赤髪の少年──ラインハルト。
「模擬戦だと? ようやく俺の力を見せる舞台が来たわけだ!」
木剣を振り下ろすと、石畳がカンと響き渡り、取り巻きの生徒たちが喝采した。
「流石はグランツ卿のご子息!」
「炎の申し子だ!」
ラインハルトは得意げに笑みを浮かべる。
確かに力はある。だがその剣筋には余計な力が入りすぎ、周囲に散った火花が柵を焦がしていた。
それを見ていたカミル助教は眉をひそめ、小声で「危うい」と漏らす。
一方、遠巻きに見ていたバルド教師は腕を組み、「豪胆こそ強者の証だ」と呟いた。
教師たちの視線すら分かれる、その少年。
「……危なっかしいね」ミナが隣で肩をすくめる。
「でも、評価はされるんだろうな」カイルが冷静に眼鏡を押し上げる。
「派手さは目を引きますから」
ジークは鼻を鳴らした。
「力任せじゃ長くはもたねえ。模擬戦で俺が証明してやる」
彼らのやり取りを、アマネは黙って聞いていた。
曇天の下、赤髪の少年が炎を振るう姿。
その派手さの裏で、どこか影のように揺らめく危うさを、彼女は感じ取っていた。
「三日後、模擬戦を行う」
広場に響く教師の声が、ざわめきを締めくくった。
雲間からわずかに差した光が、剣を振るうラインハルトの赤髪に重なった。
それは炎の輝きというより、嵐を告げる火種に見えた。
読了感謝!ここから少し緊張感が増します。更新は不定期・毎日目標。ブクマ&感想いただけると嬉しいです。




