勇気の告白—二人の始まり
学園の中庭は、夕陽に染められていた。赤と橙が芝生を柔らかく照らし、石畳の影が長く伸びている。昼間の喧騒はすでに去り、今は鳥のさえずりと噴水の水音だけが耳に残っていた。
その静けさの中、リュシアは一人、ベンチに腰を下ろしていた。
膝の上で指先をきゅっと握り合わせ、胸の鼓動を必死に抑えようとしている。
――言わなければ。
ずっと胸にしまってきた気持ち。勇者でも、聖女でもない、自分自身の言葉で。
足音が近づく。顔を上げれば、分厚い魔導書を抱えたカイルが歩いてくるところだった。
「リュシア? まだ残っていたのか」
夕陽を背にした彼の姿は、どこか頼もしく映った。リュシアは小さく頷き、立ち上がる。
「カイル……少し、話ししたいことがあるんだけど……」
「僕に?」
驚きの色を浮かべながらも、カイルは足を止めた。彼の沈着冷静な瞳がまっすぐにリュシアを射抜く。
その視線に胸が熱くなり、言葉が喉に詰まりそうになる。
けれど、ここで逃げたら一生後悔する――。
リュシアはぎゅっと拳を握りしめ、そして言った。
「……勇者とか、聖女とか……そういう肩書きじゃなくて。私は、リュシアとして……カイルと一緒にいたいんです」
その声はかすかに震えていたが、真っ直ぐで、揺るがなかった。
夕暮れの風が二人の間を吹き抜ける。しばしの沈黙。
カイルは驚いたように目を見開き、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……リュシア」
名を呼ぶ声は低く、けれど優しかった。
「僕も……同じだ。君の隣にいたいと思っている。聖女だからじゃない。君自身だから」
リュシアの瞳が潤み、頬に朱が差す。
恐る恐る伸ばした彼女の手に、カイルがそっと自分の手を重ねた。
指先が触れ合い、やがてしっかりと結ばれる。
その温もりが、言葉よりも確かな答えだった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは僕の方だ」
二人は小さく微笑み合う。
夕陽はもう沈みかけ、空は薄紫に変わりつつあった。
その光の中で、勇者でも聖女でもない、一人の少女と一人の青年が、新しい始まりを迎えていた。
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