湯けむりの絆—未来を語らう夜
王妃エリシアの私室に設けられた隠し湯殿。
天井は高く、窓から月光が差し込む。湯けむりが柔らかに立ちのぼり、石造りの浴槽の縁には白百合や薔薇の花弁が浮かべられている。壁には王家伝来の魔石灯が淡く光を放ち、湯面を銀色に染めていた。
「わぁ……すごい……」
アマネが思わず声を漏らした。普段は寮の浴場で十分満足している彼女にとって、この静謐で優美な空間は別世界のようだった。
ミナが隣で両手を広げ、子どものようにはしゃぐ。「きゃーっ! これ、完全にお姫様のお風呂じゃん! ほら、見てアマネ! 花びらが浮いてるよ!」
「うん……! なんだか夢みたい……」アマネは頬をほんのり赤らめ、湯面を見つめて微笑んだ。
リュシアは白いローブを脱ぎ、静かに湯へと足を入れる。最初はわずかに表情を強張らせていたが、すぐに頬がゆるみ、吐息がもれた。
「……温かい……心までほどけてしまいそうです」
「そう、それでいいのよ」クラリスが優雅に微笑みながら、リュシアの背後にまわり、三つ編みをほどいて指で丁寧に梳きはじめた。
「リュシアの髪、本当にきれいね。光が差すと金糸みたいに輝くわ。私のような大人でも羨ましくなるくらい」
「や、やめてください……恥ずかしいです」リュシアは頬をさらに赤くし、けれど声はどこか嬉しそうだった。
その横で、ミナがアマネの背中に手を伸ばす。
「アマネ〜! ほらほら、泡! ほらっ、背中ごしごし〜!」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっとミナぁ! くすぐったいからぁ!」
「いいじゃんいいじゃん! こういう時くらい、思いっきり甘えてよ!」
「うぅ……でも……あははっ、なんか楽しい……!」
アマネは笑い声をあげ、無邪気な表情を見せる。その顔に、エリシアは目を細めた。
「ふふ……やはり、あなたは笑っているときが一番きれいね、アマネ。」
「え、えっ……そ、そんな……!」
照れて慌てるアマネを見て、ミナは「ほら見てリュシア! 顔が真っ赤だよ!」とまた茶化した。
「アマネのそういうところ……わたし、好きです。」リュシアが小さく囁くと、アマネはさらに頬を染めて「り、リュシアまで……!」と声を上げる。
クラリスはそんな二人を見て、優雅に肩をすくめた。
「やれやれ……去年までのあなたなら、『私なんか』なんて言い出したでしょうに。少しは自信を持ちなさいな。あなたが“アマネ”であること、それだけで皆を笑顔にできるのだから。」
その言葉に、アマネの瞳が潤み、リュシアが隣でぎゅっと彼女の手を握る。
「アマネ……普通の女の子でいられるの、ここだけかもしれない。でも……あなたと一緒なら、それで十分。」
「……リュシア……うん、私もそう思うよ。勇者とか聖女とかじゃなくて、ただの私でいられる時間、すごく嬉しい。」
二人は顔を寄せ合い、姉妹のように微笑み合った。
やわらかな香油の香りと、湯気のヴェールに包まれる夜。
湯殿の隅では、ミナが泡を両手いっぱいにして「泡のひげ〜!」とふざけ、クラリスが「もう、子どもみたい」と呆れながらも笑っていた。
エリシアはゆったりと湯に身を沈めながら、娘たちの笑顔を見守るように言葉を紡いだ。
「あなたたちがいる限り、この国の未来はきっと明るいわ。だから、どうか忘れないで。自分が笑っていられることが、どれほど大切かを。」
その声音は、母が子に語りかけるようにあたたかく、アマネとリュシアはうるんだ瞳で頷いた。
ミナが勢いよく声をあげる。「よーし! 次の誕生日はもっと派手にお祝いしよ! 卒業式の前に、盛大にね!」
「ミナさんったら……」リュシアは小さく笑い、
「でも……楽しみだね、アマネ。」
「うん! 絶対にまた、みんなで祝おう!」
三人の声が湯けむりの中に重なり、エリシアとクラリスの微笑みもその輪に溶けていく。
静かで、華やかで、そして何より温かな夜が、更けていった――。
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