癒しの手—王家と公爵の流儀
王妃エリシアの私室に、再び侍女たちが足音も静かに入ってきた。
手に抱えるのは銀盆に並んだ瓶や壺。蓋を開ければ、豊かな香りがふわりと漂った。花々の精油、深い森の木々を思わせる香油、そしてすっきりとしたハーブの香り。
「これは……?」アマネが目を丸くする。
クラリスがすかさず胸を張る。「王家に代々伝わる香油と、公爵家の秘伝のハーブローションよ。選ばれた場でしか使えないの。今日は特別だから、存分に味わいなさい。」
「え、えぇっ!? そ、そんな……!」アマネは慌てて手を振るが、隣のミナがぱっと身を乗り出した。
「きゃーっ! 贅沢だぁ! まさにお姫様コースじゃん!」
「ミナさん、落ち着いてください……」リュシアは苦笑したが、ほんの少し頬を染めている。
エリシアはその様子を優しく見守りながら言った。「今日はね、あなたたちに本当に休んでほしいの。勇者でも聖女でもなく、ただの女の子として。」
まずはアマネが椅子に座らされ、背中に温かな布をかけられた。
「う、うわぁ……ひゃ、ひゃっ……こ、こそばゆい〜!」
侍女の手が香油をすり込み、肩から背中へと丁寧に滑るたびに、アマネはくすぐったそうに身をよじる。
その声にクラリスが呆れたように笑った。「もう、落ち着きなさいな。リラックスしないと、せっかくの効能が台無しよ?」
「だ、だって〜……あははっ……でも、なんか……気持ちいい……」
次第に力が抜け、アマネは目を細めてため息をついた。
リュシアは隣でその様子を見守りながらも、表情はまだ硬い。
「わ、私は大丈夫です。こういうのは……慣れていませんので……」
香油を手にした侍女が困ったように視線を送ると、クラリスが歩み寄ってきて小さく囁いた。
「力を抜きなさい、リュシア。これは女の子としての贅沢よ。あなたが笑顔になることが、一番の意味になるの。」
その言葉に、リュシアの肩がふっと落ちる。侍女がそっと首筋に香油を馴染ませると、彼女の唇から微かな吐息が漏れた。
「……あたたかい……心まで、解けていくみたいです。」
アマネが嬉しそうに身を乗り出す。「リュシア、いいでしょ? 気持ちいいよね!」
「……はい。」リュシアが初めて小さな笑みを浮かべた。
ミナはというと、すっかり舞い上がっていた。
「ねぇねぇ! このハーブの香り、めちゃくちゃ爽やか! これ、私も欲しい!」
「ふふっ、市場には出回らないわよ。」クラリスが肩をすくめると、ミナは「ぐぬぬ……!」と悔しがって場を和ませる。
「でも、こういう時間があると……本当に、生き返るね。」アマネがぽつりと呟いた。
リュシアも頷く。「ええ……まるで、心に羽が生えたみたいに軽くなります。」
クラリスは満足げに微笑んだ。「いい顔をしているわ。勇者や聖女なんて肩書きに縛られる必要はないの。あなたたちは、まず自分自身であることを大切にしなさい。」
エリシアがその言葉を引き継ぐように、穏やかに言った。「そうよ。女の子らしく笑っていられる姿こそ、この国が守るべき宝なのだから。」
やがて、部屋には静かな安らぎが広がった。
アマネは香油の余韻にうっとりとし、リュシアは微笑んだまま目を閉じている。
ミナは「うーん、これはクセになるなぁ!」と元気いっぱいに声を上げ、クラリスはその横顔を見て誇らしげに頷いていた。
――勇者と聖女、国中が祈りを寄せる存在。
だが今はただ、女の子として癒され、笑い合う。
それだけで十分に価値がある時間だった。
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