表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

194/471

王妃の招待—癒しの序幕

王城の一角、王妃エリシアの私室。

重厚な石造りの城内でありながら、この部屋だけは不思議な柔らかさを持っていた。深紅の絨毯に、淡い香油の香り。ランプの灯火は強すぎず、静かに壁を照らしている。まるで、外の喧噪を遮断した小さな楽園のようだった。

「ようこそ、二人とも。今日は儀のことも、戦いのことも忘れて……女の子として、ただ甘えてほしいの。」

エリシアは、椅子から立ち上がり、自ら歩み寄ってアマネとリュシアを迎え入れた。勇者と聖女。国中がその名を口にし、称え、祈る存在。しかし今、この部屋でその肩書きは必要なかった。

アマネは一瞬、居心地悪そうに頬をかいた。「えっと……私なんかが、こんな場所に……」

隣でリュシアも小さく身をすくめる。「王妃様のご厚意は……嬉しいですが……」

そんな二人を見て、エリシアはふっと微笑んだ。その眼差しは王妃の威厳を脱ぎ捨て、ただ優しい母のようだった。

「私にとってはね、勇者も聖女も関係ないの。可愛い女の子たちを、ちゃんと労ってあげたいだけ。」

そこに控えていたクラリスが、ぱんと手を打つ。「そうよ。ほら、二人とも、もっと肩の力を抜きなさいな。せっかくの機会なんだから!」

「ふふっ、そうそう。こんな贅沢、そうそう味わえないんだから。」ミナも加勢するように声をあげる。二人は元気よく、場を明るく染めていく。

アマネは戸惑いながらも、徐々に笑みを浮かべ始めた。「……ありがとう、ございます。」

リュシアも静かに頷き、緊張をほどくように長い息を吐いた。


やがて、侍女たちが盆を抱えて入室する。香油の瓶や、絹の布、湯気を立てるハーブティー。

クラリスが小声で「これは王家御用達の秘伝よ」と耳打ちし、アマネの目が丸くなる。

「そんな……私たちのために……」

「そうよ。今日は特別。たまには贅沢に甘えなくちゃ。」ミナが胸を張る。

まずは肩のマッサージから始まった。

侍女の手がアマネの細い肩に触れた瞬間、アマネはびくっと体を震わせる。

「わ、わ……! なんか……すごい……!」

その反応にクラリスが笑い声を立てる。「ふふ、可愛いわね。ほら、力を抜いて。」

アマネは少しずつ身を委ねていき、やがて「……気持ちいい」と小さな声をこぼした。

リュシアも同じように施術を受ける。普段は凛とした姿勢を崩さない彼女だが、今はうっとりと目を閉じている。

「……こんな時間があるなんて、思ってもみませんでした。」

「リュシアだって女の子なんだから、こういうのは必要なのよ。」ミナが茶化すように言うと、リュシアは珍しく頬を染めた。


しばらくして、部屋の空気は完全に和んでいた。

アマネが「ふふっ、なんだか変な感じ」と笑い、リュシアがそれに「……私も」と微笑み返す。

二人の笑顔は儀式のときの緊張に覆われたものとは違い、年相応の少女のものだった。

エリシアはそんな二人を見て、そっと息を吐いた。

「本当に……あなたたちはまだ若いのよね。国中が勇者や聖女と呼ぶけれど、私は忘れない。あなたたちはまず、一人の女の子であることを。」

その言葉に、アマネとリュシアは小さく頷いた。

アマネは「……うん。私、今日は勇者じゃなくて、ただのアマネでいたいです」と言い、リュシアも「私も……聖女ではなく、リュシアとして……」と続けた。

ミナがそれを聞いて、わざとらしく大げさに拍手する。「よーし! じゃあ今日は勇者も聖女も禁止! 全員、ただの女の子ってことで!」

クラリスも笑って頷く。「いいわね。それが一番大切なことだと思うわ。」

部屋は笑い声で満ち、緊張は完全に消えていた。


その夜の宴は、静かで穏やかだった。

侍女が運んでくる料理は豪華だが、どこか温かみがあり、皆で分け合いながら食べることで親しみが生まれていく。

アマネとリュシアは、最初は恐縮していたものの、ミナに勧められ、クラリスに茶化され、気がつけば自然に笑い合っていた。

「こんな時間が、もっとあればいいのに……」アマネがぽつりと呟くと、エリシアは優しく答える。

「きっと、これからもあるわ。あなたたちが歩む道の先に、もっと大きな幸せも待っている。」

リュシアは目を細め、アマネの手をそっと握った。

「……信じられます。アマネと一緒なら。」

その光景に、エリシアの胸も温かくなった。勇者も聖女も、まずは少女である。その姿を忘れないように――そう願いながら。


その晩、王城の一室には、静かで穏やかな灯が揺れ続けていた。

それは戦いや政治の思惑から切り離された、ただの少女たちの笑顔を映す光。

そしてその笑顔こそが、国を支える力になるのだと、エリシアは改めて信じるのだった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ