勇者の儀—光と誓いの刻
新年の澄んだ空気が、王都全体を包み込んでいた。
冬の冷気は張り詰めるように肌を刺すが、広場に集った群衆の熱気はそれを凌駕する。
数千、いや万を超える民がひしめき合い、城下の大通りから王城前の広場に至るまで、人、人、人で埋め尽くされていた。
広場中央には白布で覆われた荘厳な祭壇が設けられ、金糸で縁取られた紋章が光を反射する。
空高く掲げられた旗は冷たい風に揺れ、国の威信を示すようにたなびいていた。
「――新年を迎えし今日、ソレイユ王国は改めて民と共にあることを誓う」
朗々と響いたのは、国王アルフォンスの声だった。
その胸板は厚く、戦場に立つ武人としての気配を未だ失ってはいない。
普段は決断をためらうことの多い男だが、この瞬間の声音には揺るぎがなかった。
民衆の視線が一斉に王へ注がれる。
だが、その隣に立つ王妃エリシアの気品ある微笑が、さらなる安堵を人々の胸に灯した。
「――我らの国には、神が遣わした光がある」
エリシアの言葉と共に、二人の少女が前へ進み出た。
アマネ。
リュシア。
互いの手をぎゅっと握り、ゆっくりと祭壇に上がる。
その歩みは震えひとつなく、民の目を真っ直ぐに受け止めていた。
――凛々しく、美しい。
その姿に、広場を埋めた群衆がどよめく。
「二人だ……勇者と聖女だ……!」と囁き合う声が波のように広がっていった。
◆
祭壇中央。
リュシアが一歩前に出る。
白銀の髪を揺らし、凛とした瞳で空を見上げる。
その口から紡がれる祈りは、もう“人形”のものではない。
澄んだ声は鐘の音のように広場全体に響き渡り、民衆の胸を震わせた。
「どうか……この国を導きし光よ。
勇気を求める者に、希望を。
未来を信じる者に、強さを。
――この祈りに応えてください」
瞬間。
空が揺らいだ。
白雲の切れ間から金色の光が溢れ、柔らかな風と共に広場を包み込む。
人々は息を呑み、手を合わせる者、涙を流す者すら現れた。
光の中心から、ひとつの存在が舞い降りる。
――聖霊。
純白の羽を思わせる輝きの塊。
その姿は明確な輪郭を持たぬまま、暖かな圧を広げる。
神話にしか記されなかった存在が、今ここに顕現した。
◆
聖霊は静かにリュシアの前に降り立つ。
だが次の瞬間、その光はふわりと揺らめき――アマネへと近づいていった。
「……今回も、来てくれたんだね」
アマネが呟く。
その表情は恐れではなく、無邪気な笑顔だった。
あたかもカグヤに手を伸ばすように、自然に聖霊へと歩み寄る。
聖霊の光が彼女の刀を包み込み、刃は眩い光を帯びていく。
その瞬間、広場全体に熱気が走った。
「勇者だ……!」
「彼女が……勇者なのか!」
歓声と驚嘆が交錯し、人々は互いに肩を揺さぶり合いながら叫ぶ。
◆
アルトはその光景を見つめながら、静かに微笑んだ。
嫉妬はなかった。
ただ一言、心の内で呟く。
「やっぱり……君なんだな」
――その隣を歩むと決めた少女が、勇者であることに何の迷いもなかった。
ジークは腕を組み、「大したもんだ」と短く言った。
ミナは隣で「ほらね! うちのアマネはすごいんだから!」と声を張り上げる。
カイルは冷静に「これで国も教会も動かざるを得ないだろう」と呟いたが、その瞳の奥は確かな誇りで揺れていた。
◆
やがて王アルフォンスが一歩前へ。
その声は、熱狂の渦をさらに押し広げる。
「民よ! 見よ!
これこそがソレイユ王国の光!
勇者と聖女――神が我らに与え給うた守護の証だ!」
雷鳴のような歓声が広場を突き抜けた。
人々は涙を流し、互いに抱き合い、頭を垂れる。
「国は守られる!」「この国に未来がある!」と希望の叫びが響く。
アマネとリュシアは、民の前で再び互いの手を握り合った。
凛とした笑みを浮かべ、同時に口を開く。
「「――共に歩んでいきます!」」
その声は重なり合い、冬空を突き抜けて響き渡った。
こうして勇者の儀は完了した。
それは試練ではなく、祝福の瞬間だった。
ソレイユ王国に、新たな時代が幕を開ける。
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