宰相と教皇—不穏なる実験計画
重厚な扉の奥。宰相ヴァレンティスの執務室には、燭台の炎が冷たく揺れていた。
そこに招かれたのは、黄金の法衣を纏った教皇ヴィクトルである。
「……宰相殿。リュシアという娘を王家が囲い込んだのは痛手でしたな」
「ふん。聖女の器を奪われた形だが、決定打ではない。勇者もまた未だ不確定なのだからな」
ヴァレンティスは長い指で盤上遊戯の駒を弾き、盤面を睨みつける。
「次はどう動かれる?」
教皇の問いに、宰相は薄笑いを浮かべた。
「――王妃と小娘どもが国内を動かすなら、我らは外から火を放つ。隣国だ」
ヴィクトルの瞳が細まり、神像のような威圧感を漂わせる。
「亜人の国を……利用するというのか?」
「利用ではない。揺さぶるのだ」
宰相は低く囁いた。
「既に魔物の数は増している。放置すれば自然に溢れ出すだろう。だが……少し導けば、より大きな混乱となる」
教皇は口元を歪めた。
「なるほど、神の意思を示すに相応しい舞台……。ならば“次なる依代”も、そこから見出せよう」
ヴァレンティスは目を細める。
「リュシアに固執する必要はない。器などいくらでも作れる。問題は――“民衆が認める形”で示すことだ」
「民衆は弱きものだ。恐怖と救済を与えれば、いかようにも従う」
ヴィクトルの声は低く、しかし熱を帯びていた。
「勇者はアルト殿下。聖女は新たな依代。……そうあらねばならぬ」
「ふん……神意か。いや、貴様の妄執か」
宰相は冷笑するも、それ以上追及はしない。互いに利用し合っているにすぎぬことを、両者は理解していたからだ。
やがて宰相は、盤上の駒を一つ――「森」を象った駒を、黒の陣に動かした。
「始めるぞ。舞台は――エルフと獣人の国、あの森の民の地だ」
燭台の炎が大きく揺れ、部屋の空気が一層冷たくなる。
それは、やがて隣国を覆う不穏の幕開けの兆しであった。
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