精霊の囁き—エルフの口伝
森に漂う血の匂いが、ようやく風に流されていった。
討ち果たされた影鷲の羽毛が地面に散らばり、夜の気配を孕んだ森が静けさを取り戻す。
「ふぅ……なんとか、片付いたな」
ジークが剣を下ろし、深く息を吐いた。
隣でミナも額の汗を拭いながら、「アマネ、リュシア、大丈夫?」と笑みを投げる。
「うん、こっちは平気だよ!」
「私は……少し疲れましたが、問題ありません」
二人が頷くと、仲間たちの視線が自然ともう一人に集まった。
月明かりの中で弓を下ろしたエリスティアが、静かに息を整えていた。彼女の銀髪は戦闘の余韻に揺れ、瞳はまだ鋭い光を宿している。
「見事な弓さばきだったな」
アルトが率直に称えると、彼女は一瞬だけ戸惑い、それからかすかに微笑んだ。
「……ありがとう。精霊が助けてくれただけです」
小休止を取るため、皆は森の開けた場所に腰を下ろした。
火を起こすほどの余裕はない。ただ互いの顔を確認し、安堵を分かち合う。
その沈黙を破ったのは、エリスティアだった。
「……先ほどの戦いで、皆さんに隠し事をするべきではないと思いました」
彼女は視線を落とし、慎重に言葉を選ぶ。
「エルフの口伝には、“聖女は精霊を呼び出す者”と伝えられています」
「聖女が……精霊を?」
リュシアが小さく問い返す。その声音には驚きと、どこか恐れが混じっていた。
エリスティアは頷き、森の暗がりに視線を向ける。
「勇者の儀で顕現する大精霊とは別です。私たちの身近に寄り添い、人の心に応える小さな精霊たち。彼らの声を聞き、姿を呼ぶことができるのが……聖女なのだと」
仲間たちの間に、ざわめきが広がった。
「記録には……そんなことは一切残っていなかったはずだ」
カイルが眉をひそめる。
「だが……古い伝承として、エルフの里に残っていたのなら……」
「本当に、そんなこと……」
リュシアは自分の胸に手を当て、震える声を漏らす。
「私が……呼べるはずなんて……」
アマネはそっと彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。リュシアがやってみようと思えるなら、みんなここにいるから」
しばしの沈黙の後、リュシアは深く息を吸った。
瞳を閉じ、手を胸の前で組む。
「……どうか。力を貸してください」
その瞬間、森の空気が柔らかに震えた。
木々の間から光の粒が漂い出し、蛍のように揺れながら彼女の周囲に舞い降りる。
淡い緑と金色の光が重なり、リュシアの祈りに応えるかのように形を成していく。
「……っ! 本当に……出てきた……」
ミナが目を丸くして叫ぶ。
小さな精霊たちはリュシアの周囲をくるくると舞い、やがてアマネの方へも漂っていった。
彼女の頬に光が触れた瞬間、アマネの胸が温かく震える。
(……なに、この感覚……)
彼女の直感が、光と共に響いた。
それは言葉にはならないが、確かに「繋がっている」という感覚だった。
「アマネにも……」
リュシアが呟き、驚きに目を見開く。
エリスティアは真剣な眼差しで二人を見つめ、深く頷いた。
「やはり……あなたたちがそうなのですね」
「……勇者と、聖女」
その声は静かだが、森に響くほどの確信を帯びていた。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
しかし、アルトだけは視線を逸らさず、真っ直ぐに二人を見つめた。
「これが……勇者の儀の鍵になるのかもしれない」
カイルも眼鏡を押し上げ、低く唸る。
「事実として記録すべきだ。エリシア王妃に報告する必要がある」
エリスティアは小さく微笑み、真摯に告げる。
「はい。この事実は必ず、国を動かします。だからこそ、正しく伝えなければならない」
夜風が森を渡り、光の粒はふわりと消えていった。
残されたのは、仲間たちの胸に刻まれた確信――。
リュシアは聖女としての真実に触れ、アマネもまた、精霊の光に応えた。
そして、そのすべてがこれからの大きな一歩に繋がっていくのだった。
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