表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

184/471

精霊の囁き—エルフの口伝

森に漂う血の匂いが、ようやく風に流されていった。

討ち果たされた影鷲の羽毛が地面に散らばり、夜の気配を孕んだ森が静けさを取り戻す。

「ふぅ……なんとか、片付いたな」

ジークが剣を下ろし、深く息を吐いた。

隣でミナも額の汗を拭いながら、「アマネ、リュシア、大丈夫?」と笑みを投げる。

「うん、こっちは平気だよ!」

「私は……少し疲れましたが、問題ありません」

二人が頷くと、仲間たちの視線が自然ともう一人に集まった。

月明かりの中で弓を下ろしたエリスティアが、静かに息を整えていた。彼女の銀髪は戦闘の余韻に揺れ、瞳はまだ鋭い光を宿している。

「見事な弓さばきだったな」

アルトが率直に称えると、彼女は一瞬だけ戸惑い、それからかすかに微笑んだ。

「……ありがとう。精霊が助けてくれただけです」

小休止を取るため、皆は森の開けた場所に腰を下ろした。

火を起こすほどの余裕はない。ただ互いの顔を確認し、安堵を分かち合う。

その沈黙を破ったのは、エリスティアだった。

「……先ほどの戦いで、皆さんに隠し事をするべきではないと思いました」

彼女は視線を落とし、慎重に言葉を選ぶ。

「エルフの口伝には、“聖女は精霊を呼び出す者”と伝えられています」

「聖女が……精霊を?」

リュシアが小さく問い返す。その声音には驚きと、どこか恐れが混じっていた。

エリスティアは頷き、森の暗がりに視線を向ける。

「勇者の儀で顕現する大精霊とは別です。私たちの身近に寄り添い、人の心に応える小さな精霊たち。彼らの声を聞き、姿を呼ぶことができるのが……聖女なのだと」

仲間たちの間に、ざわめきが広がった。

「記録には……そんなことは一切残っていなかったはずだ」

カイルが眉をひそめる。

「だが……古い伝承として、エルフの里に残っていたのなら……」

「本当に、そんなこと……」

リュシアは自分の胸に手を当て、震える声を漏らす。

「私が……呼べるはずなんて……」

アマネはそっと彼女の肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。リュシアがやってみようと思えるなら、みんなここにいるから」

しばしの沈黙の後、リュシアは深く息を吸った。

瞳を閉じ、手を胸の前で組む。

「……どうか。力を貸してください」

その瞬間、森の空気が柔らかに震えた。

木々の間から光の粒が漂い出し、蛍のように揺れながら彼女の周囲に舞い降りる。

淡い緑と金色の光が重なり、リュシアの祈りに応えるかのように形を成していく。

「……っ! 本当に……出てきた……」

ミナが目を丸くして叫ぶ。

小さな精霊たちはリュシアの周囲をくるくると舞い、やがてアマネの方へも漂っていった。

彼女の頬に光が触れた瞬間、アマネの胸が温かく震える。

(……なに、この感覚……)

彼女の直感が、光と共に響いた。

それは言葉にはならないが、確かに「繋がっている」という感覚だった。

「アマネにも……」

リュシアが呟き、驚きに目を見開く。

エリスティアは真剣な眼差しで二人を見つめ、深く頷いた。

「やはり……あなたたちがそうなのですね」

「……勇者と、聖女」

その声は静かだが、森に響くほどの確信を帯びていた。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

しかし、アルトだけは視線を逸らさず、真っ直ぐに二人を見つめた。

「これが……勇者の儀の鍵になるのかもしれない」

カイルも眼鏡を押し上げ、低く唸る。

「事実として記録すべきだ。エリシア王妃に報告する必要がある」

エリスティアは小さく微笑み、真摯に告げる。

「はい。この事実は必ず、国を動かします。だからこそ、正しく伝えなければならない」

夜風が森を渡り、光の粒はふわりと消えていった。

残されたのは、仲間たちの胸に刻まれた確信――。

リュシアは聖女としての真実に触れ、アマネもまた、精霊の光に応えた。

そして、そのすべてがこれからの大きな一歩に繋がっていくのだった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ