救いの名—新たな絆の始まり
鋭い咆哮が森を揺らした。
グレイウルフの群れはなおも執拗に迫り、スケルトンソルジャーの錆びた剣が乱れ飛ぶ。
しかし今、孤軍の少女はもう一人ではなかった。
「アルト! 右から三体!」
「任せろ!」
アマネの声に応じ、アルトが鋭く踏み込み、剣を振るった。狼の喉を断ち、勢いを殺さず骸骨兵へ。
その横でジークが大剣を振り抜き、骨を砕き散らす。
「はぁッ!」
重い音が響き、骨の残骸が森に散らばった。
ミナが軽やかに背後へ回り、短剣で急所を突く。
「次! そっちは任せた!」
無駄のない連携。
そこへさらに、光の矢が放たれる。
「……リュシア?」
エリスティアが小さく呟いた。
リュシアは両手を合わせ、勇気を振り絞って放った攻撃魔法――聖なる光の矢が、狼の群れを貫いたのだ。
「守りたい!」
その声に呼応するように、仲間たちが笑みを見せる。
「それでいい! 俺たちが支える!」ジークが叫び、
「リュシアの矢が、俺たちの盾になる!」カイルが魔術を重ねる。
氷の槍が光の矢と交わり、轟音とともに敵の群れを吹き飛ばす。
やがて――最後の魔物が地に伏した。
森を覆っていた不気味な気配が、ゆっくりと薄れていく。
戦いの余韻に、全員が荒い息を吐いた。
エリスティアは弓を握ったまま立ち尽くしていたが、周囲に敵の気配が消えたことを悟ると、ようやく肩を下ろした。
「……助けられました」
小さな声。
それは戦いの最中に一度も見せなかった、人間らしい吐息だった。
「怪我は? 立てる?」
アマネが駆け寄り、手を差し伸べる。
エリスティアは一瞬ためらった。
エルフとしての矜持が、容易に他者へ身を預けることを許さなかったから。
けれど、その瞳を見た瞬間、自然と手が伸びていた。
「……大丈夫です」
指先が触れる。温かい。
思わず胸の奥で何かが波紋のように広がる。
「あなたは……」
声が掠れる。
「勇者……なのですか?」
その問いに、アマネはきょとんと目を瞬かせた。
「え、えっと……私はただ、みんなと一緒に戦っただけで」
慌てて言葉を濁す。
アルトが静かに横から言葉を継いだ。
「俺たちは“勇者候補班”だ。だが、勇者が誰かはまだ定まってない。ただ――」
アルトは笑みを浮かべ、アマネの肩に手を置く。
「こいつが仲間を導いてくれてるのは確かだ」
その言葉にアマネは赤面し、仲間たちは頷いた。
「……そう、ですか」
エリスティアはゆっくりと瞳を伏せた。
勇者。聖女。伝承では一人の英雄とその伴侶が魔を退ける。
けれど、目の前に広がるのは――仲間が互いを補い合い、力を重ねる姿。
それは彼女が知っていた物語とは違っていた。
けれど、不思議と心が温かくなる。
「まだ名を名乗っていませんでしたね」
背筋を正し、彼女は改めて言った。
「私はエリスティア。隣国ルナリアから留学してきた者です」
仲間たちが目を見開く。
名前だけは知っていたが、これまで直接言葉を交わす機会はほとんどなかったからだ。
「エリスティア……!」リュシアが微笑む。
「噂には聞いてた。弓の名手って」カイルが補足する。
エリスティアは小さく頷いた。
「ですが……今の私は、あなたたちに救われたひとりに過ぎません」
それは誇りを保ちながらも、確かに感謝を告げる言葉だった。
「なら、これからは一緒に戦おうよ!」
アマネが屈託なく笑う。
「仲間って、そういうものでしょ?」
エリスティアは目を瞬かせた。
仲間――その言葉を、自分に向けられるとは思っていなかった。
「……仲間」
小さく繰り返すと、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じた。
無表情だった唇が、わずかに緩む。
「……はい。もし許されるなら」
その返事に、アマネは満面の笑みを返した。
森に差し込む光が、木々の間から二人を照らしていた。
勇者かどうかはまだわからない。聖女が誰かも決まってはいない。
けれど――新たな絆は、確かに芽生え始めていた。
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