自己紹介ウィーク②—アルト
曇天の空が窓の向こうに広がっていた。
雨こそ降っていないが、空気は湿り気を含み、重たく感じられる。
その日、教室では「未来の王国をどう支えるか」という討論が行われていた。
発言を促されたアルトは、立ち上がって迷いなく言葉を紡ぐ。
「国を支えるのは勇気と絆です。勇者が一人で立つのではなく、仲間と共に歩むことが力となる。私はそう信じています」
整った口調、柔らかな笑み。
その言葉に、生徒たちから自然と拍手が起こる。
教師も「模範的な答えだ」と頷いた。
けれど、その横顔を見ていたアマネは、ほんの小さな影を見た気がした。
拍手を受け止めながら、アルトのまぶたがわずかに伏せられる。
それは、胸の奥に重たい石を抱え込むような仕草だった。
⸻
午後の剣術訓練。
雨上がりの土はぬかるみ、空は灰色に沈んでいる。
模擬戦で剣を握ったアルトは、真っ直ぐな立ち姿で相手の刃を受け止めた。
剣筋は正確で、美しかった。
「やっぱり王子殿下は違うな」
周囲の囁きが耳に届く。
だが――。
一瞬、踏み込む足が遅れた。
ほんのわずか、ためらったように。
相手の剣がかすめ、アルトの肩口に赤い線を残した。
「殿下!」訓練場がざわめく。
だがアルトは笑って見せた。
「大丈夫です。ただのかすり傷だ」
そう言って再び構えを取る。
堂々とした声に、皆は安堵し、再び拍手が広がった。
けれどアマネの胸には、違う感触が残っていた。
剣を握る手が、わずかに震えていたのを見たから。
⸻
訓練の後、曇天の下で風が吹いた。
灰色の雲の切れ間から、かすかに光が漏れている。
アルトはひとり、その光を見上げていた。
肩に手拭いをかけ、深い息を吐いて。
アマネは少し迷ったけれど、声をかけた。
「アルト殿下」
振り向いた瞳は、いつもの優しい青だった。
けれどその奥には、言葉にできない揺らぎが見えた。
「今日の剣……すごく、きれいでした」
アマネの言葉に、アルトは一瞬だけ黙り、そして小さく微笑んだ。
「ありがとう。……でも、まだまだだ」
その声は曇天の空と同じく、どこか重たく沈んでいた。
アマネは答えられなかった。
けれど心の中で、庵で聞いたあの言葉を思い出していた。
――“揺らいでもいい。ただ、その揺らぎを自分で見つめろ”
梅雨の風が吹き抜け、栗色の髪を揺らす。
それは彼の心の影と重なって見えた。
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