魔導学の挑戦—守るための一矢
秋の午後、魔導学の実習場。
陽光を反射して白い石畳が輝き、その中央に訓練用の魔法陣が広がっていた。的がいくつも並び、学生たちは順番に魔法を放っている。
「次は……リュシア・フォン・カーディナル」
イレーネ助教の明るい声が響く。
呼ばれた少女は一歩前に出た。リュシアの足取りは落ち着いているようで、その指先はわずかに震えていた。
(……私に攻撃魔法なんて、できるのかしら)
これまで彼女が扱ってきたのは、回復や防御――癒しの力ばかり。
攻撃を振るうことは、どこか自分の役割に反しているようで、心の奥に抵抗感があった。
「聖女候補のお嬢さん、今日は新しい試みよ」
イレーネが微笑みながら肩に手を置く。
「守るためにこそ、攻める力が必要になる時もある。剣を振るう仲間たちを、ただ見ているだけでいいの?」
リュシアの瞳がわずかに揺れる。
頭に浮かんだのは、鎖に囚われ、仲間に救われたあの夜。
無力さが胸を刺し、唇を噛む。
「……わかりました。やってみます」
彼女は深呼吸し、両手を前に突き出した。
光属性の魔力が静かに集まり、指先で輝き始める。
しかし次の瞬間――魔力が暴走しそうになり、周囲に散りかけた。
「リュシア!」
仲間の声が響く。アマネが心配そうに前のめりになる。
「大丈夫」
リュシアは小さく首を振り、必死に魔力を制御する。
(怖い……でも、もう逃げたくない。私も、みんなを守れる力を持ちたい……!)
その想いが、揺れる魔力をひとつに束ねていく。
光は矢の形を取り、彼女の手のひらから放たれた。
――ドンッ!
鋭い光の矢が一直線に飛び、訓練用の厚い木製の的を貫いた。
破片が散り、静まり返った場内に驚きの息が広がる。
「すごい……」
「防御一辺倒じゃなかったのか?」
「あれが……聖なる矢……」
ざわめく声を浴びながら、リュシアは胸に手を当てる。
鼓動が速く、まだ震えていた。けれど、その瞳には確かな決意が宿っていた。
「……怖かった。でも……」
仲間たちを振り返り、彼女は微笑む。
「誰かを守れるなら、私も力を振るいたい。聖女だからじゃなく……私自身の意志として」
イレーネは満足そうにうなずき、手を打った。
「よく言ったわ。大事なのは役割じゃない、自分の声で選んだ力よ。覚えておきなさい、リュシア」
夕陽が差し込み、光の矢が残した焦げ跡を照らす。
それは彼女が“ただの祈り手”を越えた証となった。
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