炎のそばで—二つの誕生日祝い
夜の庵に、ぱちぱちと薪のはぜる音が響いていた。
囲炉裏の火から少し離れた庭先では、大きな焚き火が燃えている。夏の川遊びで冷えた体を温めるにはちょうどよく、火を囲む輪の中に、皆が座っていた。
「はいっ! 今年のケーキは、ジークと一緒に作ったんだから!」
ミナが得意げにテーブルに置いたのは、庵の畑でとれた果物をふんだんに使った素朴なケーキだった。
「おお……! 去年よりちゃんと形になってる」
ジークが小さく笑って頷くと、ミナは「余計な一言!」と肩を小突く。そのやり取りに、場の空気は一気に和らいだ。
「では」
少し真面目な顔をしたカイルが立ち上がり、手元の紙を広げた。
「この日を、こうして皆で迎えられたことを、心から祝福します。……アマネ、リュシア。誕生日、おめでとう」
きちんとした口調に、一同から拍手が湧き起こる。
「ありがとう!」
「本当に、ありがとう」
アマネとリュシアが並んで声を揃え、笑顔で頭を下げる。二人の声は、どこか姉妹のように響いていた。
ケーキを分け合い、甘い香りと笑い声が火の輪を包む。
けれど、その輪の端で、静かに涙をぬぐう姿があった。
「……こんな日が来るなんて」
アサヒが堪えきれずに声を震わせた。
瞳からぽろりと零れ落ちた涙を、慌てて手の甲で拭う。その様子を見て、アマネが驚いた顔で呼びかける。
「お母さん……?」
その隣では、ルシアンが黙ったまま、唇を噛みしめていた。
大きな手は膝の上で固く握られ、肩がかすかに震えている。
「……お父さん?」
アマネが小さく声をかけると、ようやくルシアンは顔を上げた。
「……すまないな。どうやら、涙腺が弱くなったらしい」
微笑もうとした唇がかすかに震え、目元は赤く濡れていた。
「ふふ……ルシアンが泣くところなんて、私も初めて見たわ」
エリシアが扇で口元を隠しながら、楽しげに囁く。
その言葉に、火の周りの空気がふっと軽くなる。
アルトとレオンは兄弟らしく肩を並べ、静かに微笑んでいた。王族としての立場を超え、ただの兄弟としてこの場にいることを誇らしげに思っているように。
「……みんな、本当にありがとう」
アマネが小さくつぶやく。その横で、リュシアがそっと手を重ねた。
「来年も、一緒にお祝いしましょうね」
「うん……絶対!」
二人が笑い合うと、焚き火の火の粉が空へと舞い上がり、夏の夜空に吸い込まれていく。
――勇者と聖女。
そんな肩書きよりもずっと大切な、家族と仲間に囲まれた“特別な誕生日”。
その夜の笑顔は、庵を照らす炎よりも温かく、強く輝いていた。
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