夏の日常—父と娘の歩み
庵を出て、少し小高い丘を登る小道。
夏の風が木々を揺らし、光と影が揺れ動いている。
先を歩くジークやミナ、リュシアたちの笑い声が少し離れた場所から聞こえてきた。
アマネはルシアンと並んで歩く。カグヤはその周りを駆け回っては、草の匂いを嗅ぎ、また飛び出していく。
「……静かだな」
ルシアンがぽつりと呟いた。
「うん。でも、落ち着くよね。去年よりも、もっと」
アマネは笑顔で頷く。
しばし沈黙が流れた。蝉の声と、遠くの川のせせらぎだけが耳に残る。
アマネは、ふっと立ち止まり、空を仰いだ。
「ねえ、お父さん」
ルシアンの足が止まる。
まだ慣れきれていない呼び方に、わずかに肩が震える。
「……なんだ」
「昔はね。孤児って言葉を聞くだけで、胸がちょっと痛かった。帰る場所がない、家族がいないって……やっぱり、寂しかったんだ」
アマネは小さく笑う。その声は、懐かしさと少しの照れを含んでいた。
「でも、今は違うよ」
アマネは歩き出し、ルシアンの方を見上げた。
「お父さんと、お母さんがいるから。寂しいなんて、もう思わない。……私には、ちゃんと家族がいるから」
ルシアンの喉が、ごくりと鳴った。
顔を伏せ、口元に手を当て、言葉を選ぶように沈黙する。
やがて、低い声で短く答えた。
「……そうか」
その声音は不器用で、けれど確かに誇らしげだった。
アマネは満足そうににっこり笑い、カグヤが駆け寄ると、その毛並みに頬をすり寄せた。
――夏の陽射しの中、父と娘の影が並んで道に伸びていた。
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