表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/471

夜更けの女子会—寝息とひみつ

女子寮の一室。

窓の外では虫の声が細く続き、夏休み直前の空気はどこか浮き立っている。

部屋の中央には低いテーブル。ハーブティーの湯気と、ミナが焼いたクッキーの甘い香り。三人はそれぞれ部屋着に着替え、枕を並べて座り込んでいた。

「明日で授業もおしまいかぁ」

アマネが湯のみを両手で包んで、ふう、と息を吐く。

「庵に行ったら、またみんなで朝から晩まで動きっぱなしだね。……楽しみ」

「わたしも楽しみ」

リュシアが自然な笑みで頷く。以前のかたさは消え、声の温度が柔らかい。

「アサヒさんに、季節の野菜料理の作り方を教わりたいな。ああいう味、好き」

「いいねいいね。私は保存食の研究メモをまとめ直して持ってくから、現地で一気に試作よ」

ミナがゴーグルを額に上げたまま胸を張る。

「それと——はい、これ!」

テーブルに、手のひらに収まる金属製の小さな丸い器具が三つ、からりと転がった。

薄い蓋の中心に透き通った小結晶。縁には細かい魔術刻印がぐるりと走っている。

「完成版・携行型通信機。通称“つうしんブローチ”!」

ミナは得意満面。

「耳飾りにも髪飾りにも服の内側にも付けられる。操作は簡単。中央の結晶に指先で触れて——ほら、ここ」

ちいさな鈴の音のような起動音。

次いで、ミナの声がほんの少し遅れてブローチから返ってきた。

『テス、テス。——ほら、遅延もこの程度。距離は学園から市門くらいまで余裕、庵でも問題なし!』

「すごい……!」アマネの瞳がぱあっと輝く。

「これがあれば、離れててもすぐ話せるんだね」

「庵に着いたら、みんな分も配る。エリシア……えっと、セレスさんの分も予備で作ってあるから」

ミナはいかにも「準備万端」と言わんばかりに胸を張った。

「で——」

一拍置いて、アマネがにやりと顔を寄せる。

「で? ミナは、もう試したの? ジークと」

「っ……!」

ミナの肩がぴくっと跳ねた。

「そ、それは……技術者として、最終試験は必要でしょ? だから昨夜、接続テストを——」

「どんな話を?」

リュシアが、涼しい声でとどめを刺す。意地悪というより、純粋な好奇心の目。

「ふ、普通の話! 今日の鍛錬メニューの相談とか、合宿の持ち物とか……」

ミナは早口になり、クッションを引き寄せて抱え込む。

「で、その……寝る直前まで喋ってたら、私が先に寝ちゃって……朝、会ったときに——」

「会ったときに?」

アマネとリュシアの視線が同時に前のめりになる。

「『寝息、可愛かった』って言われた……」

ぼそっ。ミナの頬が、湯のみの色より赤くなる。

「えぇぇぇぇぇぇぇ——っ!」

アマネの叫びに、枕がぽふっと跳ねた。

リュシアも思わず口元を押さえる。「それは、なかなか……」

「ち、違うの! そんなつもりじゃないの! テスト、テストだから!」

ミナはぶんぶん首を振りながら、なおも真っ赤。

「でも……なんか、安心してだんだん瞼が重くなって、気づいたら——」

「寝息、可愛かった……」

アマネが復唱して、こらえきれずに笑いだす。

「ミナ、幸せそう」

「……うん。幸せそう」

リュシアも、目尻を柔らかくして微笑んだ。その笑みは、見る者の心をふっと軽くする。

「も、もう。二人ともからかわないでよ」

ミナはクッションで顔の半分を隠しながらも、隠せない笑みが零れている。

「でもね、通話の最後にね、ジークが言ったの——『明日もお前の声、聞かせろ』って。……ずるい」

「ずるい」

アマネとリュシアが同時にうなずき、三人で笑った。

ひとしきり笑いが落ち着くと、今度はアマネがブローチを指でつまむ。

「これ、みんなで同じの付けるの、嬉しいな。離れてても“一緒”って感じがする」

「うん」

リュシアが少し考えてから言葉を選ぶ。

「私、前はこういう“繋がる”ものが少し怖かった。自分が誰かの声で塗りつぶされる気がして。でも今は——自分の声で、ちゃんと繋がれる気がする」

「リュシア……」

アマネの目が優しく細くなる。

「その言い方、すごく好き」

「ありがと」

照れて俯いた頬に、ほんのり朱がさした。

「……ねえ、恋って、どんな感じ?」

アマネがぽつりと呟く。無邪気さと真剣さが半分ずつ混じった顔。

「胸がぎゅってするの、たぶん私にもある。でも、それが“恋”なのか、ただの“好き”なのか、よく分からないや」

ミナはクッションを抱えたまま、天井を見上げる。

「うーん、私の場合はね——“声が聞きたい”が一日に何度も出てくる。会ってないとき、ふとした瞬間に思い出して、にやけちゃう。あと、寝る前に今日の出来事を話したくなる」

「分かりやすい」

リュシアがくすっと笑う。

「私は……その人の前だと、昔よりずっと自然に笑える。無理に“正しい言葉”を探さなくていい。黙っていても、胸の中が温かくなる」

「……いいな」

アマネは頬杖をついて、二人の横顔を見比べた。

「うん、なんか、楽しそう。私も——」

言いかけて、はにかむ。

そして、少しだけ視線が泳いだ。

(……アルト様と話してると、時々、言葉が出てこなくなる。あれは、なんだろ)

「アマネはアマネの速度でいいの」

ミナがすかさず笑いかける。

「焦らない。でも逃げない。……それで十分、可愛い」

「ありがと」

アマネも笑って、ブローチを掌でころりと転がした。

「じゃあこれは、まず三人でお揃い。明日、みんなにも渡そうね」

「配布式、楽しみだね」

リュシアが嬉しそうに頷く。

「ルシアンさんもアサヒさんも、きっと喜ぶ」

「エリシア——セレスさんは絶対“可愛い!”って言う。あの人、こういう小物ほんと好きだから」

ミナが肩を揺らして笑う。

「機能説明してる間に飾り紐を選び始めるタイプ」

「目に浮かぶ……」

三人の笑い声が、夏の夜気に溶けていく。

***

ひと段落して、灯りを落とす。

窓の外は月が薄く照らし、白いカーテンが風にそよいだ。

「おやすみ」

「おやすみ」

三人が枕を並べ、横向きになって、床板の冷たさを背中に感じる。

暗がりで、ミナがそっとブローチを胸元に当てて囁く。

「……今日は切っておこう」

そして自分で苦笑する。

(だって、また寝落ちしたら、明日の朝もからかわれるもの)

目を閉じると、昨夜耳にした、一定のリズムの寝息がふっと蘇る。

胸の奥が、じんわり温かくなる。

その隣で、アマネは天井を見つめていた。

今日、二人の話を聞けて良かった、と心から思う。

(私も——私の言葉で、歩いていけるように)

リュシアは小さく息を吐き、枕の端を握る。

(カイル……)

名前を口に出さず、心の内だけでそっと呼ぶ。

さっき語った“温かさ”が胸に広がり、長いまつげが静かに下りた。

寮の夜は更ける。

テーブルの上、三つの小さな通信機の結晶が、月明かりを受けて淡く光った。

離れても、また繋がるための灯りのように。

——やがて、三つの寝息が、同じリズムで重なっていった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ